根拠に基づく警察・防犯政策(EBPolicing)を考える(1)的確に犯罪情勢を捕捉するには

2023/04/12 土方 孝将、池田 貴昭、森芳 竜太
防犯
安全
EBPM

1.はじめに

日本の刑法犯認知件数は平成14年に戦後最多の285.4万件を記録して以降減少しており、令和3年には56.8万件となった(図表1)。令和4年に60.1万件に微増した[]が、19年の間に228.6万件減少し、平成14年比で約80%減少したこととなる。平成14年以降、防犯性能の高い建物部品や自動車を開発・普及するなどのハード対策[]を行ったり、市民等による自主防犯組織の活動(見守り活動)(図表2)を支援し、地域に人の目を増やすことで犯罪抑止を行ったり、国を挙げて防犯政策に取り組んだ結果と言えよう。

しかし、犯罪種別ごとにみれば一様に減少しているわけではなく、加えて、刑法犯認知件数に表れない「暗数」の問題もある。また、SNSやサイバー空間での犯罪、超高齢化社会にともなう特殊詐欺等の増加など、犯罪情勢には新たな課題も懸念されている。さらに、平成15年以降増加し続けていた自主防犯組織も平成28年以降減少傾向にあり、加えて人口減少・超高齢化社会に伴う担い手不足やまちの空洞化は、地域の人の目を減少させ、犯罪抑止力の低下にも繋がる恐れがある。

このような犯罪情勢や今後の社会情勢を踏まえると、今後は犯罪情勢をより的確かつ十分に捕捉し、犯罪の未然防止に向けて効果的にアプローチすることが求められ、その1つの手段として警察政策・犯罪政策におけるEBPM(根拠に基づく政策立案:Evidence Based Policy Making)であるEBPolicing (Evidence Based Policing)[]の推進が必要と考えられる。

加えて、行政改革推進会議アジャイル型政策形成・評価の在り方ワーキンググループ[]において、社会課題が複雑化・多様化する今日においては、データを活用しながらスピーディかつ柔軟に政策のPDCAを回す「アジャイル型の政策形成・評価」が重要であるとし、これを推進するためにはデータを利活用した意思決定ができる基盤の整備や人材の育成・確保等が必要と提言している。

そこで、EBPolicingの推進に向け、EBPolicingを推進する上での「①データを活用した犯罪情勢の的確かつ十分な捕捉」、ならびに「②EBPolicingを進める上での人材」の2点から今後のあり方を検討したい。

※本項では①について述べることとし、②については「根拠に基づく警察・防犯政策(EBPolicing)を考える ②米・英における人材育成・確保の事例」にて述べる。

図表 1 刑法犯認知件数の推移
刑法犯認知件数の推移
資料:警察庁犯罪統計資料より作成
図表 2 自主防犯組織の推移
自主防犯組織の推移
資料:警察庁「防犯ボランティア団体の活動状況等について」より作成

2.EBPolicing(Evidence Based Policing)

根拠に基づく警察政策・犯罪政策(EBPolicing)は日本で聞き馴染みはないが、特にアメリカやイギリスでは浸透している。これらの国は、そもそもEBPMの浸透や認識、導入の度合いが日本とは異なるが、警察政策・犯罪政策に当たり前のようにEBPolicingが取り入れられている。

たとえばアメリカのジョージメイソン大学では、犯罪学と警察行政の実践を融合させEBPolicingを推進することを目指し「CEBCP(Center for Evidence Based Crime Policy(根拠に基づく犯罪政策センター))」が設置されている。また、イギリスでは、警察官の昇進にEBPolicingを身に着けていることを規定したり、警察組織に所属する警察官がメンバーとなったEBPolicingを警察に根付かせるための活動団体が存在したりする。

なお、アメリカ、イギリスに関する事例は「根拠に基づく警察・防犯政策(EBPolicing)を考える ②米・英における人材育成・確保の事例」で紹介する。

3.データを活用した犯罪情勢の捕捉に向けたポイント

EBPolicingを推進する上では、キホンの“キ”として犯罪情勢の捕捉が挙げられる。犯罪情勢の的確かつ十分な捕捉について、次の2つのポイントから現状と課題を述べたい。

ポイント1:刑法犯認知件数だけでは犯罪情勢をミスリードする可能性がある

犯罪情勢に関するさまざまな論考や地方公共団体における防犯計画等において、刑法犯認知件数の変化で犯罪情勢を述べる、あるいは刑法犯認知件数のみを計画の成果指標とするケースが多いように感じられる。もちろん、刑法犯全体の認知件数を押さえることは重要であり、刑法犯認知件数を示すことについて否定しているわけではない。

しかしながら、刑法犯認知件数の大半は、空き巣などの侵入盗や、自転車盗などの乗り物盗、車上狙いなどの非侵入盗といった「窃盗犯」が占めることに留意が必要である。実際に、平成14年から令和3年にかけて刑法犯認知件数が228.6万件減少しているのに対し、そのうち87.3%にあたる199.6万件が「窃盗犯」の減少によるものである。一方で、「暴行」や「脅迫」、「略取誘拐・人身売買」、「公然わいせつ」など、平成14年に比べ認知件数が増加している犯罪もあることにも注意しなければならない。

犯罪と一口に言っても、殺人や強盗、住宅対象侵入窃盗、自転車盗難、ATM破り、自販機荒らし、車上狙い、特殊詐欺、サイバー空間上での犯罪など多種多様であり、犯罪の種類によっては増加傾向にあるものもある。さらに、たとえば住宅対象侵入窃盗1つとっても、不在時に侵入される空き巣、就寝時に侵入される忍込み、在宅時で非就寝時に侵入される居空きと性質が異なる。令和3年中に人口あたり住宅対象侵入窃盗認知件数が最も高い[]福井県[]では70%が忍込みであるが、次いで人口あたり住宅対象侵入窃盗認知件数の多い茨城県[]では忍込みは25%であり、72%が空き巣である。加えて、福井県においては、忍込み被害に遭った住宅の96.4%が無施錠であったのに対し、空き巣は19.6%に留まり、29.4%は施錠していた住宅への侵入であった。

以上のことから、すべての犯罪情勢が改善したというのは短絡的であり、犯罪情勢をミスリードする懸念もあることに留意が必要である。

「窃盗犯」の減少により刑法犯認知件数の減少が一定程度実現した昨今において、今後は、刑法犯認知件数とひとくくりに議論するのではなく、増加しているあるいは今後懸念のある犯罪の種類や手口などを踏まえ、犯罪情勢を的確に捉えることが望ましい。

ポイント2:刑法犯認知件数はあくまで“警察が認知した件数”である

我々が「犯罪発生状況の変化」を議論する場合「刑法犯認知件数の変化」を用いるのが一般的である。しかしながら、刑法犯認知件数はあくまで警察が認知した件数であって、犯罪発生実態ではない。

法務省犯罪被害実態調査[]によれば、平成26年~平成30年の5年間で犯罪被害に遭った経験のある人のうち、たとえば窃盗については53.1%が、暴行や脅迫については56.9%が被害届を提出していないとのことである。つまり、刑法犯認知件数に表れない犯罪件数(暗数)が一定数存在し、刑法犯認知件数として数値に表れる以上に犯罪が発生しているものと見込まれる。

犯罪情勢を十分に捕捉するためには、現状の刑法犯認知件数だけでなく、新たな方法による犯罪発生実態の捕捉が望ましい。

4.データを活用した犯罪情勢の捕捉に向けた方策

「3.データを活用した犯罪情勢の捕捉に向けたポイント」を踏まえて、犯罪情勢の捕捉の方策について述べたい。

(1)犯罪の種類や手口に着目した分析

犯罪情勢を的確に捕捉するためには、刑法犯認知件数一辺倒の議論から脱却し、刑法犯それぞれの種類やその件数、手口や被害の性質などを精査・分析することが求められる。

3で述べた通り、すべての刑法犯の認知件数の総数では、多種多様な犯罪の種類や犯罪の増加傾向、犯罪の手口等が見えず、犯罪情勢を的確に捉えているとはいいがたい。たとえば5W1Hの視点をもって犯罪情勢を捉えることが、有効かつ効果的な警察・犯罪政策の展開に寄与すると考えている。

図表 3 犯罪情勢を捉える際のポイント
犯罪情勢を捉える際のポイント

(2)市民参加型のデータ蓄積の活用

警察が認知できなかった件数は一定数存在することから、たとえば民間企業が収集した犯罪等安全・安心に関するデータを活用することが、犯罪情勢の十分な捕捉を解決する1つの可能性として考えられる。

本項では1つの事例として当社のソーシャルビジネス支援プログラム[]にて令和3年度に支援したRadarLab株式会社が提供する「Radar-Z」について紹介する。

図表 4 Radar-Zの概要

■RadarLab株式会社
位置情報ベースコミュニティ「Radar-Z」

■概要:Radar-Zはユーザーが痴漢や付きまとい、盗撮等の被害を受けたあるいは被害を見た場合に、アプリ上に位置情報とともに当該情報を投稿することで、位置情報をベースとした危険情報等の可視化及びユーザー間での共有を行うセーフコミュニティサービス。「Radar-Z」の前身は痴漢の可視化による被害抑止を目的とした「痴漢レーダー」であり、リリースされた令和元年には多くの記事や著名人等のSNSで拡散され大きな話題を呼んだ。その後、痴漢に限らず路上も含め地域全体での危険情報等の可視化に拡大した。同社では、ユーザーが投稿する位置情報をベースとした危険と安全に関するビッグデータが、犯罪情勢の捕捉だけでなくパトロールの最適化や地域の見守りに活用されるほか、将来的には通学路の安全情報等の報告も可能とすることで、安全な公共空間の整備への貢献を目指したいとしている。

図表 5 Radar-Z
Radar-Z

「Radar-Z」では、ユーザーの投稿に基づき、犯罪等の危険情報が蓄積されていく。当該情報には、被害の種類や位置情報、発生時間など、前述した犯罪情勢を捉えるポイント(図表3)も押さえており、アプリによる投稿の容易さから、警察への届出が行われず暗数となるはずであった情報についても、一定程度把握することが可能と思われる。

当然ながら、市民参加型の情報を警察・犯罪政策のエビデンスとして活用するためには、その情報の信頼性や情報の重複などに留意が必要である。

しかしながら、一定程度の暗数が存在し、暗数によってはこれまでの犯罪情勢の常識や認識が覆る可能性もあることから、こうしたデータの蓄積は犯罪情勢の捕捉に有効な手段となりうる。

図表 6 市民参加型のデータ活用の利点と障壁
市民参加型のデータ活用の利点と障壁
 

5.EBPolicing推進に向けて

令和4年5月に行政改革推進会議アジャイル型政策形成・評価の在り方に関するワーキンググループでは「アジャイル型政策形成・評価の在り方に関するワーキンググループ提言~行政の無謬性からの脱却に向けて~」を策定した。同提言内で、行政の無謬性[]は政策目標と実態の乖離が生じていても原因を分析しようとしない等に影響を与えるとし、これからの脱却に向けては、政策立案段階で柔軟な見直しが行えるような仕掛けを組み込んでおく等のポイントを示した。さらに、政策立案段階においてはエビデンスに基づく十分な検討を行いながらも、政策立案段階での検討に時間をかけすぎるのではなく、社会変化に対応しながら政策効果の向上を追求するダイナミック(動的)なEBPMを意識し、トライ&エラーによって政策の精度を上げるアジャイル型の政策形成・実行アプローチが求められているとした。

図表 7 無謬性神話の影響と脱却に向けた視点
無謬性神話の影響と脱却に向けた視点
資料:行政改革推進会議 アジャイル型政策形成・評価の在り方に関するワーキンググループ「アジャイル型政策形成・評価の在り方に関するワーキンググループ提言~行政の「無謬性神話」からの脱却に向けて~」(令和4年5月31日)より作成

このような提言を受け、「3.データを活用した犯罪情勢の捕捉に向けたポイント」で述べたとおり、刑法犯認知件数のみを計画の成果指標とするケースが多いことや、刑法犯の大半は「窃盗犯」であることを考えてみると、多種多様な犯罪に対するさまざまな政策ひとつひとつの効果が的確に把握されているとは言い難い状況にあるといえる。また、政策実施後の柔軟な見直しが望ましくとも、政策による効果が十分に把握されていないことから、見直す必要性が理解できなかったり、どのように見直すことが望ましいのかわからなかったりすることが考えられる。

EBPolicingの推進に向けては、まず、なぜ犯罪が発生しているのか、なぜ被害に遭ったのか等を明確にし、犯罪情勢を可能な限り的確に捉える、または捉える方法を構築し、さまざまな政策の効果を測ることのできる基盤を整備することが重要である。

たとえばロジックモデル[]を導入することが1つの手段と考えられる。このとき、最終的な成果指標(最終アウトカム)に刑法犯認知件数を設定した場合にも、刑法犯認知件数は「窃盗犯」が大半であることを理解し、罪種ごとの犯罪情勢に応じた的確な中間指標(中間アウトカム)を設定することが望ましい。さらに、見守り活動の参加率や防犯機器・設備の導入率といった中間指標に影響を与えると考えられる初期指標(初期アウトカム)を設定し、犯罪情勢に対する政策の効果をより見える化するなど、柔軟な政策の見直しが行えるような仕掛けづくりが望ましい[]。

6.おわりに

本稿ではEBPolicingを推進するにあたって最も基礎となる「犯罪情勢の捕捉」について、犯罪の種類や手口に着目した的確な捕捉と、市民参加型のデータ活用の可能性について述べた。

「EBPolicing(Evidence Based Policing)の推進を考える②米・英におけるEBPolicingの推進に向けた人材育成・確保の事例」では、「EBPolicingを進める上での人材」について米・英の事例を報告する。

謝辞
RadarLab株式会社チーフプロダクトオフィサー片山玲文氏には「Radar-Z」サービスのご紹介等についてご協力を賜りましたこと、心より御礼申し上げます。


[] 令和3年から令和4年にかけて刑法犯認知件数が微増したことについては、新型コロナウイルス感染症による行動制限の解除が1つの要因と考えられる。
[] 平成14年に警察庁、国土交通省、経済産業省、関係団体からなる「防犯性能の高い建物部品の開発・普及に関する官民合同会議」が設置され、平成16年にはドアや鍵、窓、サッシ、シャッターなどの建物部品に対し、一定の防犯性能を有するものを認定する制度(CP(Crime Prevention)マーク)を制定した。また、平成14年には警察庁、財務省、経済産業省、国土交通省、関係団体からなる「自動車盗難等の防止に関する官民合同プロジェクトチーム」による「自動車盗難等防止行動計画」(平成14年1月23日策定、令和元年12月20日改定)が取りまとめられた。
[] 諸外国ではEvidence Based Policingを略してEBPとするケースが多いが、日本におけるEBPは医療・看護・臨床などで用いられるEvidence Based Practiceが主流であることから、本稿ではこれと区別するためにEBPolicingと表記している。
[] 行政改革推進会議 アジャイル型政策形成・評価のあり方に関するワーキンググループ「アジャイル型政策形成・評価の在り方に関するワーキンググループ提言~行政の「無謬性神話」からの脱却に向けて~」(令和4年5月31日)
[] 警察庁犯罪統計より
[] 福井県警察ホームページ「空き巣などの侵入犯罪発生状況」より 閲覧日:令和5年3月1日
[] 茨城県警察ホームページ「市町村別の認知件数・犯罪率 令和3年中乗り物盗・住宅侵入窃盗」より 閲覧日:令和5年3月1日
[] 法務省「令和元年犯罪白書」(第2章犯罪被害についての実態調査 イ被害態様別被害申告率) 閲覧日:令和5年3月1日
[] 当社では、総合シンクタンクとして有する幅広い専門的知識やノウハウを生かした社会貢献活動の一環として、「ソーシャルビジネス支援プログラム」を実施し、当社研究員・コンサルタントによる人的支援、活動に係る資金支援を通じて、様々な社会課題の解決を目的とする法人格を有する事業団体の支援を行っている。
[] 誤りがあるなどありえない(絶対に間違ってはいない)とする考え方。
[] (参考紹介)日本財団ロジックモデル作成ガイド
[] (参考事例)岡崎市第6次防犯活動行動計画では、「市民が安全で安心して生活することができる地域社会の実現」を目指すべき姿に据え、この実現に向けた「刑法犯認知件数の減少」「体感治安の減少」を最終指標に設定。その上で、中間アウトカムとして「侵入盗認知件数」「自動車盗認知件数」「自転車盗認知件数」「特殊詐欺被害件数」の減少を設定するとともに、中間アウトカムに対する施策ごとの活動指標との関係性を構造化し、目指すべき姿の実現に向けた政策の流れがわかりやすく見える化されている。『岡崎市「第6次防犯活動行動計画 概要版」(令和5年3月)』

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