地域の経済や雇用を支える中小企業の持続的な成長は、喫緊の課題である。中小企業基本法が1999年に全面改正されて以降、中小企業政策は中小企業の成長を促していくことに力点が置かれるようになり、さまざまな成長支援施策が実施されてきた。比較的最近の議論として、中小企業庁では「中小企業の成長経営の実現に向けた研究会」が開催され、2023年6月22日に中間報告書が公表された。この中間報告書では、「100億円企業」へと成長することを目指していくという方向性を示している点が注目される。地域経済を牽引するような、中小企業の成長を期待している点で、地域未来投資促進法に基づいて選定されている「地域未来牽引企業」のコンセプトとも親和性の高い方向性ではあるが、「100億円企業」と明示した点はインパクトもある。
雇用も含めた地域経済へのインパクトを考えると、自然と規模的な成長に関心は向くが、個々の中小企業の実態や経営者の考えによっては、規模的成長よりも高い利益率ないし、生産性の向上の方がより重要視されることも少なくない。これまでも、中小企業の成功パターンの1つとして、「グローバルニッチトップ」が注目されたが、選定に際して、中小企業の場合はおおむね10%以上の世界シェアを保有しているという要件に加え、戦略性、競争優位性、国際性と並んで、収益性を重視した選定が行われている[ 1 ]。またドイツ中小企業・中堅企業に多いとされる「隠れたチャンピオン」と呼ばれる成功企業も日本には比較的多いと言われるが、「隠れたチャンピオン」もまた世界市場における高いシェアを持ちながらも、総売上高は10億ドル以下で中規模または小規模の会社で知名度の低い会社であると定義されており[ 2 ]、規模的な拡大が必ずしも成功するとは限らないことが指摘されている[ 3 ]。
さまざまな調達コストが増加している中、中小企業が高い利益率を実現するためには、コストを削減することが重要であることは間違いない。一方で、本業の儲けを最大化するためにも、製品やサービスの単価を上げていくことが不可欠となる。製品やサービスの供給を量的に拡大していこうとすればするほど、より多くの顧客に受け入れられる標準的な仕様や価格帯を目指す必要が生じ、かつ、狙うマーケットが大きければ大きいほど、国内外のより規模の大きい企業と競争することを強いられることになる。一方、事業規模の拡大を過度に追及しないのであれば、自社の製品やサービスを高く評価してくれる顧客に対して、高付加価値な製品やサービスを提供することに注力することで、相対的に高い利益率を目指すことが可能となる場合が多い。
ここでドラッカーの整理に沿って、中小企業経営を捉えてみると、企業自らの価値を高く評価してくれる顧客を獲得していくためには、顧客を創造するという視点が不可欠であり、その観点からも、改めてマーケティングとイノベーション[ 4 ]の重要性が高まっていると言える[ 5 ]。そしてマーケティングとイノベーションを通じて実現すべき目標を達成するにも「資源」が必要である[ 6 ]。伝統的に経営資源とは、「ヒト・モノ・カネ」を指すと言われてきたが、今日的には知的資産を中心とする無形の経営資源の重要性が高まっており、第4の経営資源[ 7 ]と捉えられるようになっている[ 8 ]。
第4の経営資源と捉えられるようになった知的資産を経営資源とみなして戦略的にこれを獲得し、活用することが必要[ 9 ]であるが、これは「知的財産経営」の本質的な活動であり、知的財産経営に対する注目がこれまで以上に高まってきている。獲得すべき経営資源としての知的資産ないし知的財産は、一義的に決まるものではなく、マーケティングの視点が不可欠である。また自社の長期的な戦略上、獲得すべき顧客や市場が求めるものをしっかりと把握した上で、顧客や市場が期待する水準以上の製品・サービスを提供できるようなイノベーションが必要となる。マーケティングの視点から必要となる技術やノウハウとそれに関する知的財産権の獲得戦略を検討しつつ、イノベーションの成果を知的財産権によって保護する戦略も検討していくことになる[ 10 ]。加えて、自社の提供価値を顧客や市場にどのように訴求していくべきであるのかについて、ブランド戦略の観点から検討を行っていく必要がある。このような広義での知的財産戦略は、無形資産経営時代においては事業戦略と対で考えるべきものであり、知的財産戦略を検討・実施していくための組織能力も必要となる。
また経営資源に乏しい中小企業が必要な経営資源を自社のみで調達できることは一般的に稀であり、外部との協働が必要となってくる。家業的に行われてきた既存事業の延長線上の事業活動であれば自社のみで必要な経営資源を調達できるかもしれないが、これまでと異なる事業活動を行うためには、外部から必要な経営資源を調達することも積極的に検討する必要がある。中小企業経営におけるアライアンスと言えば、「量」的拡大が必要な場面における製造委託先や販売代理店等の確保をイメージすることが多かった。事業の多角化や海外展開といった方法による事業拡大手段としてのM&Aや近年は事業承継を円滑に進める手段としてのM&Aも大いに注目されているが、今の中小企業にとっては、イノベーションの観点からもアライアンスが不可欠であり、オープン・イノベーション[ 11 ]を実践することが必要となっている。
技術やノウハウにこだわりを持っている経営者であれば、より高く自社の強みを評価してもらい、より高い価格で製品・サービスを提供したい、より高い収益率を実現したいと考えるのは自然なことである。また人材の獲得が最大の経営課題の1つであることは企業の大小を問わず、日本企業共通の課題となっている[ 12 ]。付加価値の高い製品・サービスを提供することで、処遇と職場環境を魅力的なものにしていくことは、持続可能な経営を考える上で不可欠の視点であり、今の従業員を大事にするためにも、新しい人材を獲得する上でも最優先に考えるべきことの1つである[ 13 ]。
中小企業がこれまで以上に「儲け」にこだわるのであれば、強みとなる経営資源の獲得や活用が不可欠であり、強みとなる経営資源の中核的な役割を担う知的財産ないし知的資産を重視した経営を行うことは必然的な流れとなる。この点、特許庁や独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)でも知的財産活用や知的財産経営に係る支援を充実させており、多くの中小企業の成長のきっかけとなっている。近年では、中小企業庁が実施する中小企業支援施策との連動した支援や、支援機関と連携した支援を一層強化していることも注目される[ 14 ]。「儲け」にこだわろうとする中小企業経営者やそれを支援しようとする支援機関において、知的財産ないし知的財産経営の重要性を知る機会が一層広まり、自社の強みを最大限に活かした魅力的な事業を営む中小企業が日本各地において増えていくことを期待したい。
[ 1 ] 経済産業省「2020年版グローバルニッチトップ企業100選について」(2020年6月)。
[ 2 ] Herman Simon, Hidden Champions, Harvard Business School Press (1996). 邦語文献として、ハーマン・サイモン(広村俊悟 監修、鈴木晶子 訳)『隠れたコアコンピタンス経営-売上市場主義への警鐘』(トッパン、1998 年)。邦語文献6-8頁を参照。
[ 3 ] ハーマン・サイモン・前掲注2、331頁以下。
[ 4 ] イノベーションの捉え方は、時代や文脈によっても異なり、シュムペーターが「新結合」という訳語で知られる概念を提唱して以来、さまざまに変化しながら現在に至っている。日本でしばしば「技術革新」という言葉が使われるが、「新結合」という概念はより広い概念であり、消費者に知られていない財貨や新しい品質の財貨の他にも、新しい生産方法や販路、新しい供給源の確保や組織の実現等を含むものと理解されている。シュムペーター(塩野谷祐一/中山伊知郎/東畑精一 訳)『経済発展の理論(上)』(岩波文庫、1997年)180-185頁を参照。
[ 5 ] P.F. ドラッカー(上田惇生 訳)『現代の経営[上]』(ダイヤモンド社、2006年)46-47頁。
[ 6 ] P.F. ドラッカー・前掲注ⅴ、102頁。ドラッカーは、資源という言葉と資金という言葉を使い分けている他、人的資源の重要性も強調しており、ここで「経営資源」と呼んでいる概念と比較すると狭義で「資源」という表現を使っていると考えられるが、目標達成のために資源の確保が重要であると指摘している点に注目した。
[ 7 ] 経営資源の定義は多岐にわたるが、いわゆるリソース・ベースド・ビュー(RBV)と呼ばれる考え方においては知的資産を含む概念と捉えられている。たとえば、デビッド・J・コリス/シンシア・A・モンゴメリー(根来龍之/蛭田啓/久保亮一 訳)『資源ベースの経営戦略論』(東洋経済新報社、2004年)44-46頁によれば、有形資産、無形資産に加えて、組織のケイパビリティの3つを含む概念と捉えられている。RBVの分析概念はさまざまな展開が見られるが、石川教授によれば「これら諸概念は共通して企業の競争優位を特徴づけるある種の『知識的資産(Knowledge-Asset)』を意味するものとみなされている」と指摘している(石川伊吹「RBVの誕生・系譜・展望-戦略マネジメント研究の所説を中心として-」立命館経営学第43巻第6号(2005年)124頁)。またジェイB.バーニーも、「企業の経営資源(firm resources)とは、全ての資産、ケイパビリティ(能力)、コンピタンス、組織内のプロセス、企業の特性、情報、ナレッジなど、企業のコントロール下にあって、企業の効率と効果を改善するような戦略を構想したり実行したりすることを可能にするものである」と述べ、財務資本、物的資本、人的資本、組織資本に分類できるとしている。ジェイB.バーニー(岡田正大 訳)『企業戦略論 上』(ダイヤモンド社、2003年)242-244頁を参照。
[ 8 ] リソース・ベースド・ビューという表現を最初に用いたのはワーナーフェルトであるが、考え方の源流はペンローズの1959年の論文にあるとされている。前者についてはBirger Wernerfelt, A Resource-based View of the Firm, Strategic Management Journal, Vo.5, 171-180 (1984).を、後者についてはEdith Penrose, The Theory of the Growth of the Firm, 1959. 同邦語文献として、エディス・ペンローズ(日髙千景 訳)『企業成長の理論 第3版』(ダイヤモンド社、2010年)を参照。ペンローズは、企業を管理組織であると同時に、生産資源の集合体であると捉え(同31-59頁)、「製品やサービスの生産や販売で利益を上げるために、『自社の』資源と外部から獲得したその他の資源の用途を体系的に編成すること」が企業全般に共通した目的であると指摘している(同61頁)。
[ 9 ] 事業環境変化のスピードが早くなった今日、経営資源を保有するだけでなく、これを戦略的に活用することや活用するための組織能力が重要であるとする考え方の1つとして「ダイナミック・ケイパビリティ」がある。たとえばデビッド・J・ティースは「企業の成功のために無形資産が重要であると同時に、学習や新しい知識の生成を可能にするようにデザインされた、ガバナンスやインセンティブ構造は重要である」「ダイナミック・ケイパビリティのコンテクストにおいては、知識を含む資産の統合・結合の能力が重要」であると指摘する。David J. Teece, Explicating Dynamic Capabilities: The Nature and Microfoundations of (Sustainable) Enterprise Performance, Strategic Management Journal Vol.28(13), 1319-1350 (2007). 同論文の邦語文献として、渡部直樹編『ケイパビリティの組織論・戦略論』(中央経済社、2010年)の第1章に収録されている、デビッド・J・ティース「ダイナミック・ケイパビリティの解明 (持続的な)企業のパフォーマンスの性質とミクロ的基礎」がある。本注記における引用は、同邦語文献44頁参照。
[ 10 ] 経営資源を獲得し、それを一時的に確保できたとしても、模倣されてしまえばその価値や競争優位性も持続できない。VRIOとして知られるフレームワークにおいても模倣可能性を問題とするが、模倣困難な経営資源の獲得の重要性を論じる著名な文献例として、Ingemar Dierickx and Karel Cool, Asset Stock Accumulation and Sustainability of Competitive Advantage, Management Science, Vol.35, No.12, 1504-1511 (1989).
[ 11 ] ヘンリー・チェスブロウ(大前恵一朗 訳)『OPEN INNOVATION』(産業能率大学出版部、2004 年)2-17 頁参照。
[ 12 ] 中小企業庁『2022年版中小企業白書』によれば、重視する経営課題として最も重視する課題が「人材」に関するもので、82.7%の回答企業がこれを上げ、次に多い「営業・販路開拓」を上げた企業が59.7%であることと比較しても突出している(同Ⅱ-95頁)。
[ 13 ] 中小企業庁『2023年版中小企業白書』では、中小企業が人材確保のための方策として回答した企業の比率が高い項目は、給与水準の引き上げ(63.6%)、長時間労働の是正(46.7%)であることが紹介されており(同Ⅰ-29頁)、中小企業として収益性を高め、従業員の処遇を改善することが重要であることが示唆される。
[ 14 ] 中小企業庁・特許庁・INPIT「中小企業・スタートアップの知財活用アクションプラン」(2021年12月)を参照。同アクションプランは、2023年5月に、経済産業省産業技術環境局を加えて改訂版を公表している。また特許庁、INPIT、日本弁理士会、日本商工会議所は、「知財経営支援ネットワーク構築への共同宣言」を2023年3月に行っており、地域の知財経営支援ネットワークの形成を目指している。なおINPITは全国の都道府県に知財総合支援窓口を設置しており、知財を切り口とした事業成長支援を行うことに留まらず、地域の支援機関連携の起点となる活動にも力を入れている。
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