マーケティングの世界から見る標準化戦略~中小企業の標準化活用~

2023/11/29 上野 翼
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1.はじめに

2016年に経済産業省が新市場創造型標準化制度を創設して以来、さまざまな企業がこの制度を活用して標準規格の制定に取り組んできた。2023年3月時点では、56件が同制度に採択されて標準規格の制定もしくは制定に向けた活動がなされている[ 1 ]。
 
興味深いのはその取り組み主体であり、中には大企業が主体となっているケースもあるが、多くは中小企業が主体となっている。
 
本稿では、中小企業の標準化活用の要諦を紐解きながら、さらにその取り組みを事業目線で捉えることを目的として、特にマーケティング戦略との関係性に注目して整理していきたい。

2.中小企業における標準化の取り組みパターン

 まず、中小企業が主体となって標準規格を制定する際に、どのようなパターンがあるのかを整理しておきたい。経済産業省が公開する資料によれば、少なくとも中小企業が新市場創造型標準化制度を活用して標準規格制定に至った例として、4つのパターンがあるとされている[ 2 ]。

図表1 中小企業における標準化の取り組みパターン
中小企業における標準化の取り組みパターン
出所:経済産業省「標準化をビジネスに活用するためのセオリー」

この資料によれば、中小企業が標準化に取り組む背景には、「市場に粗悪品が混在している」「自社製品の性能が取引先に伝わっていない」「新しいコンセプトであるため受入側が評価できない」「自社製品(測定機器等)のユーザーが困っている」という課題があることを指摘している。こうした課題の解決策として、中小企業が自ら標準規格を制定することを選択した、ということである。なお、取り組みの方向性としては、いずれのパターンでも「性能を評価する方法」を標準化するという内容が記載されている。評価方法以外の標準化がないわけではないが、少なくともそのようなケースが多いということであろう。要するに、自社製品等の長所を客観的に評価できる方法を標準規格として制定することによって、顧客に対して正しく自社製品等の魅力をPRできるようにする、ということであると考えられる。

3.マーケティング戦略

中小企業における標準化活用の取り組みパターンに触れたところで、そのメリットや効果、意義等について事業的な目線で見ていきたい。ここでは、マーケティング戦略の視点で見ていくこととするが、今一度その代表的なプロセスや考え方を整理しておく。
 
マーケティングという言葉については、さまざまなイメージが持たれるところもあるが、マーケティングの第一人者であるフィリップ・コトラーによれば、リサーチ(R)⇒セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング(STP)⇒マーケティングミックス(MM)というプロセスで進めていくものであると述べられている[ 3 ]。それぞれの詳細は割愛するが、ここでは特に「ポジショニング」という考え方に焦点を当ててみたい。ポジショニングについて、フィリップ・コトラーは「主要なベネフィットが顧客にわかるように、自社が提供するオファーをポジショニングしなければならない」と述べている[ 4 ]ほか、アル・ライズとジャック・トラウトは「ポジショニングは、商品そのものに手を加えるわけではない。消費者の頭の中に、商品を位置づけるのだ」「商品やサービスにオーソリティからお墨付をもらって信頼性を高めるやり方は、人間の本質を突いている。自己判断だけに頼らなくてもいいという安心感を与えられる」と指摘している[ 5 ]。つまり、顧客が魅力を感じる視点にあわせて自社商品・サービスの特徴を切り出し、さらにその特徴を何らかの外的・公的な評価によってサポートすることによって、顧客から信頼される優位なポジションを築く、ということだとも捉えられる。

4.中小企業の標準化活用事例への当てはめ

このように捉えると、標準化活用とマーケティング戦略の接点が見えてくるのではないだろうか。顧客にとってメリットになる要素を明らかにし、それを実現できる自社製品・サービスの性能をJISという公的な標準規格によって評価できるようにすることで、顧客から選ばれる存在となり得るということである。さらに、このような目線で見ると、多くの中小企業の抱える経営課題「販路開拓」と親和性があるようにも思える。
 
ここで、実際に標準化活用に取り組んだ中小企業の事例を見てみたい。株式会社mil-kinは、食品製造現場等で利用される携帯型微生物観察器を開発した中小企業であり、新市場創造型標準化制度を活用して標準規格の制定を実現した(JIS B 7271)。
 
製品開発の出発点は、食品製造現場等において、その場で簡易かつ即時に菌の有無等を確認できるようにするというビジョンがあったとされている。興味深い点は、顧客の使用場面を綿密に想定した製品開発がなされていたことであり、「よく見えること」を大前提としながら、食品製造現場の環境を考えて「高温高湿でも作動すること」「持ち運んだ際に落としてしまってもある程度耐えられること」等が考慮されている[ 6 ]。
 
同社は標準規格の制定に際して、こうした顧客目線を第一として、見えやすさや高温高湿での作動、耐衝撃性を評価指標として定めている。言い換えると、このような製品が現場で有効利用されるためには、少なくともこうした観点で評価できるようなものでなければならない、というラインを標準規格によって引いたということである。市場にこのようなラインを引くことができると、そのラインの外側に位置するような製品を提供している企業は自ずと淘汰されるであろうし、ますます自社製品の優位性を築くことが可能となる。
さらに興味深いのは、このラインの内側のエリアでしっかりと特許や意匠等による障壁も築いている点である。標準規格によって適正な製品の評価指標を作るということは、他社がその指標をベンチマークとして開発を進めることになる可能性もあり、標準規格によって引いたラインの内側に入ってくる企業も出てくるだろう。その場合に備えて、ラインの内側でも依然優位性を持って戦えるよう、第二のラインとして知的財産を活用した、という見方になる。まさに標準化と知的財産を活用した知財経営の一形態であるという見方もできるだろう。同社のWEBサイトを見る限りではあるが、このように自ら市場のスタンダードを作ることによって、順調に販路開拓を実現している様子である。

図表2 標準化活用と知財による障壁構築のイメージ
標準化活用と知財による障壁構築のイメージ
出所:当社作成

本稿では、中小企業による標準化活用の取り組みを、マーケティング戦略の視点から捉え直して整理することを試みた。少なくともポジショニングという考え方と標準化には親和性があることが示唆されており、例えば「良い製品を作っているつもりだが、なかなか採用されない」という課題を抱える中小企業にとっては、標準化を考えることがその解決手段の一つになるかもしれない。
 
標準化の制定プロセスは、実は決して易しいものではない。標準規格を制定したものの結局事業効果が全然見えなかった、という事態にならないようにするためにも、マーケティングの目線とあわせて標準化を考えていくことが望ましいだろう。


1 ] 経済産業省「新市場創造型標準化制度活用案件一覧表」https://www.meti.go.jp/policy/economy/hyojun-kijun/katsuyo/shinshijo/shinshijolist.html
2 ] 経済産業省「標準化をビジネスに活用するためのセオリー」https://www.meti.go.jp/policy/economy/hyojun-kijun/katsuyo/business-senryaku/pdf/003.pdf
3 ] フィリップ・コトラー著、木村達也訳「コトラーの戦略的マーケティング」(ダイヤモンド社、2000年)46-54頁。後続のステップも含めて、マーケティング・マネジメント・プロセスをR⇒STP⇒MM⇒I(実施)⇒C(コントロール)と表現している。
4 ] フィリップ・コトラー著、木村達也訳・前掲注3、49頁。
5 ] アル・ライズ著、ジャック・トラウト著、川上純子訳「ポジショニング戦略[新版]」(海と月社、2008年)12頁、222頁。
6 ] 経済産業省「事例に基づくセオリー解説」https://www.meti.go.jp/policy/economy/hyojun-kijun/katsuyo/business-senryaku/pdf/004.pdf

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