○経済的に考えた場合、ハードブレグジットは英国にとってメリットよりもデメリットが強い選択に他ならない。その動きを先取りしているのが、通貨ポンドである。国民投票の結果を受けて、ポンドの対ドルレートは軟調な動きを余儀なくされている。英国の場合、ポンド安による購買力の低下という悪影響が、生産増の促進という好影響を上回る公算が大きい。仮にポンド安や政府の産業振興策を受けて生産拠点の国内回帰が進むとしても中長期の時間を要するし、それまでに失われる購買力の問題の方が深刻である。
○英国の経済成長を牽引してきた金融業も、中長期的には衰退を免れない見通しである。例えばユーロ決済のクリアリング機能がユーロ圏に移転すれば、ロンドンが担っている欧州の金融センターとしての機能が低下する。さらに、金融業に関係が深い様々な産業も、金融業とともに衰退を余儀なくされよう。また移民の受け入れが抜本的に制限されれば、移民労働者によって支えられてきた金融以外のサービス業の生産性が悪化するため、経済全体の生産性は低下することになる。
○政府と中銀は、EU離脱による景気悪化を軽減させるために、総需要刺激策を用いて景気を下支えせざるを得なくなる。一方で金融業の衰退を受けて、英国の潜在成長率は低下する。つまり、EU離脱は英国にとって深刻な供給ショックとなる。そのため英国では需給ギャップが拡大し、高インフレ体質が定着する。英国は先行き、低成長と高インフレの二重苦、つまりスタグフレーションに苛まれることになる。ただEU離脱の経緯を考慮すれば、その処方箋として供給サイドを重視する構造改革を推進できる可能性は非常に低い。
○EU離脱により、英国は克服が困難な新型の「英国病」の発症を余儀なくされる。反面でEUも、ハードブレグジットによって英国が持つ金融機能を喪失することになる。とはいえ、双方が大幅に歩み寄る必要があるソフトブレグジットを前提に交渉することは、英国もEUも政治的に困難な状態にある。したがって、このルーズ・ルーズゲームのメインシナリオは、とりあえずハードブレグジットを前提として、交渉の過程でお互いの痛みが少ないように妥協点を見つけて行くという展開になるだろう。
○なお交渉の過程で双方がもう一段階歩み寄り、結論が事実上のソフトブレグジットに転じる可能性も残されてはいる。仮にそのようなことがあっても、英国経済は低成長を免れない。今回の騒動で英国の投資先や事業先としてのカントリーリスクは高まり、投資の流入は先細ることが必至であるため、これまでのように対外貯蓄を動員した経済成長は困難になると予想される。そしてなにより、金融業の衰退が予想されるにもかかわらず、中長期的な経済成長戦略を描く指導者が英国にはいない。つまるところ英国は、かつてのサッチャー首相のような強力なイニシアチブを持つ船長が不在である中で、EU離脱という「海図無き航海」を突き進むことになる。
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