タイ経済の現状と今後の展望~輸出回復で短期的には上向くが、中長期的には産業構造高度化が難しい課題に~

2018/06/26 堀江 正人
調査レポート
海外マクロ経済

○ASEAN主要国の中で低調さが目立っていたタイの経済が、2015年以降盛り返している。2013~2014年にかけて続いた政治的混乱が2015年に一旦終息したことと、2017年から世界的な景気回復を受けて輸出が拡大したことが、足元のタイの景気拡大への追い風となっている。

○個人消費は、緩やかに拡大しているが、いまひとつ力強さに欠ける。その理由の一つとして、インラック政権時代の2012年に、景気テコ入れのため自動車購入者への物品税還付などを実施した影響で自動車需要が先食いされてしまい、その後の自動車販売が低迷していることが挙げられている。もうひとつの理由として、家計債務残高が大きく膨らんでしまい、その削減がなかなか進んでいないことが指摘されている。

○企業の景況感や設備投資ニーズは、盛り上がりに欠け、ほぼ横ばいで推移している。こうした状況の背景については、自動車メーカーが、上述の自動車購入ブーム期に設備拡張投資を行ったため、足元の自動車販売低迷により過剰設備状態に陥っていることが大きく影響していると見られる。

○タイの金融政策は、2000年5月以降、インフレ・ターゲティングを基本に運営されているが、足元のインフレ率は1%台であり、物価は安定している。財政運営も堅実であり、景気対策による歳出増加で一時的に赤字が拡大しても、その後の景気回復に伴う税収増加で財政赤字が解消されるというパターンが概ね維持され、財政規律が失われることはない。また、タイの公的債務残高の対GDP比率は、足元で40%前後と、新興国全体の平均値より低い。

○タイ経済の屋台骨である輸出は、2017年から世界景気の回復を受けて伸び率が加速している。主な輸出品目は、HDD、電子集積回路、乗用車などである。輸出拡大や原油価格低下などの影響で貿易黒字が拡大しており、そのために経常黒字が足元で大きく増えている。大幅な経常黒字のため、外貨準備も高水準であり、外貨準備は、足元で約2,000億ドルと、輸入10ヵ月分を超える規模であり、国際収支危機に陥るようなことはまず考えにくい。

○タイは、日本企業の進出先として世界中で最も人気の高い国のひとつであり、既に多数の日系企業が進出しているが、最近、進出が再加速する傾向が見られる。バンコク日本人商工会の会員企業数を業種別に見ると、2000年代までは、製造業が非製造業よりも多かったが、2012年以降は、非製造業が製造業を上回っており、非製造業企業の進出増加が近年のタイ進出日系企業数の増加につながっている。

○国際協力銀行(JBIC)の「海外直接投資アンケート」における事業展開先としての有望国ランキングを見ると、2010年以降、タイは、常に3位から6位を占めて上位をキープしており、日本企業の人気が高いことを裏付けている。事業展開先としてのタイの一番の魅力は、インフラ面を中心とした投資環境の良さにある。他方、労働者の質やコストといった面では、タイよりもベトナムの評価が高い。

○タイでは、人件費の上昇や若年人口の減少などから、労働集約型産業への依存は難しくなっており、産業構造を高度化しないと「中進国の罠」に陥るとの懸念も浮上している。こうした状況に危機感を抱いたタイ政府は、2015年に、産業構造高度化を通じてタイ経済のステージアップを狙う「タイランド4.0」と称する構想を打ち出した。「タイランド4.0」の実現には、多数の大卒・大学院卒のエンジニアが必要となるが、タイは理工系大学生が少ないという弱点を抱えている。この問題をどう克服するかが、今後のタイ経済のゆくえを左右する重要なポイントである。

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