コロナ禍のもとで市中のマネーが急増している。マネーストック(M2)の前年比増加率は昨年まで概ね3~4%であったものが、足もと7-9月期には8.5%の大幅な伸びとなっている。また、経済活動の水準と対比するために、マネーストック残高を名目GDPで割った比率である「マーシャルのk」の値をみてみても、それまでのトレンドから乖離して大きく上昇している(図表1)。
これは言うまでもなくコロナショックへの緊急対応として財政・金融両面で巨額の支援策を実施した結果である。財政面では、家計に対して一人10万円の特別定額給付金を支給したこと、また企業に対しても持続化給付金等を供与したことが、それぞれの預金額の押し上げにつながっている。さらに金融面では、資金繰り支援のために無利子・無担保の緊急融資スキーム等を導入したことで企業の借入が増加し、その多くが預金として手許に残されている事情がある。法人企業統計によれば、20年9月末の企業の金融機関借入金は前年比で約20兆円増加しているが、現預金もほぼ同額だけ増えている。企業はもう一段の業況悪化に備えて手許の流動性を厚めに確保しているといえよう。
日銀は2013年以降、大量の国債買い入れによって資産を拡大し、金融機関にベースマネーを供給してきたが、必ずしも市中のマネーストックの増加にはつながらなかった。しかし今回のコロナ禍対応では、国債購入に加えて金融機関による市中貸出の原資となる日銀貸出(オペ)を増やしており、それがマネーストックの増加をもたらしている(図表2)。
では、こうしたマネーの膨張は何が問題か。一つはインフレにつながる懸念であるが、一般の財やサービスについては現状需給ギャップが大幅なマイナスの状況であり、物価上昇の可能性はきわめて小さい。しかし「マーシャルのk」が示すように、実体経済に比してやや過剰にマネーが存在しているのも事実であり、それが金融商品など資産市場の過熱をもたらす懸念はある。その兆しもゼロではなく、注意が必要だろう。もう一つは、現状のような企業のリスク回避姿勢が長期化する懸念であろう。多くの資金を現預金として保有することはあくまで危機対応であり、いずれは設備投資など事業活動に振り向けて成長をめざすべきである。
マネーの膨張が是正されて「マーシャルのk」が持続性のあるトレンドに戻るのには、分母であるGDPの回復(インフレによる名目GDPの増加ではなく、実質GDPの増加)と、分子であるマネーストックの伸び鈍化または縮小の、両面での対応が求められるが、いずれも緩やかなものになろう。また、今後の追加的な財政支援によってマネーがさらに増加する可能性があるが、その場合もできるだけポイントを絞った支援が望ましい。
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