米国のインフレはいつごろ収束に向かうのか。FRB(連邦準備制度理事会)の政策決定会合であるFOMC(連邦公開市場委員会)の19人の委員による経済金融見通し(中央値)によると、政策判断の指標とされる個人消費支出価格指数でみたインフレ率は、22年6月に前年比7%に上昇したが、23年10~12月期に同2.8%まで低下すると見込まれている。
たしかに、原油をはじめエネルギー価格が反落、食料品価格も小麦、大豆など主要穀物相場はエネルギー価格に連動するためいずれピークアウトが見込まれる。ひところ顕著であった国際物流の目詰まりも、ISM・サプライヤー納期指数、NY連銀・供給圧力指数、海運市況など関連指標をみると状況がずいぶん改善しており、物流コスト上昇によるインフレ圧力は緩和に向かう公算が大きい。足元では家賃がインフレ率を押し上げるが、金利上昇による住宅需要の低迷で、家賃に先行する住宅価格上昇率が鈍化している。何より、上述のFOMC委員の見通しは、FRBが金融引き締めを継続する結果、雇用が悪化するなど実体経済が鈍化することを前提にしており予測には合理性があると考えられる。
一方、家賃とともに最近のインフレ率を押し上げているのがサービス価格である。宿泊、娯楽、飲食などに代表されるサービス価格は、サービス業に従事する労働者の賃金動向を反映する。実際、給与、福利厚生費など企業が負担する雇用コストを総合的に測る雇用コスト指数は、直近4~6月期に前年比5.1%増と2001年の統計開始以来最高の上昇率を記録したが、個人消費支出価格指数(サービス)が雇用コスト指数と連動して上昇していることが分かる(図1)。
懸念されるのは、雇用コスト、サービス価格のいずれも、過去に例をみない急上昇を示していることである。この背景には深刻な人手不足があり、求人数は2000年の統計開始以来最高を更新、人手不足が雇用コストを押し上げる悪循環がみられる(図2)。労働力人口、雇用者数、求人数からラフに試算すれば、現在の米国はおよそ500万人程度の人手不足に直面しているとみられる。
人手不足が深刻化した要因は、第一に、退職を選択し労働市場から退出したまま戻らず非労働力人口となる人が増加していることである。非労働力人口はコロナ前と比べ440万人程度増加した。業種別にみると、宿泊・飲食・娯楽業、その他サービス業で雇用回復が遅れており、これら業種に従事していた人が労働市場から退出したとみられる。第二に、トランプ政権の移民受け入れの厳格化策やその後のコロナ禍により、移民流入数が減少していることである。FRB研究者の分析によれば、17~21年までに、従来のトレンドと比べ合計340万人程度の移民流入が減少したとみられ、その結果、宿泊・飲食・娯楽業、その他サービス業など移民の従事者比率が高い業種で賃金上昇が顕著にみられた。上述のとおり、様々な要因を総合的にみれば、米国のインフレは来年にかけて落ち着くとの見方がメインシナリオである。しかし、人手不足によりインフレ率が思ったほど低下しないリスクシナリオにも注意しておく必要があろう。
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