今月のグラフ(2023年6月)賃金上昇と物価上昇のスパイラルは生じるのか?~人手不足と労働生産性の伸び悩みがもたらすインフレの定着化~
今年の春闘では例年を上回る賃上げ回答が相次いだ。経団連によると、定期昇給とベースアップ(ベア)を合わせた大手92社の平均賃上げ率は3.91%と、前年の2.35%を1.56%ポイントも上回る結果となった。また連合による中小企業も含んだ春闘の妥結状況を見ると、定期昇給とベアを合わせた賃上げ率は3.67%と、1994年の3.11%以来29年ぶりに3%を超える高い伸びとなった。
高い賃上げ率が実現した背景には、景気の持ち直しによる企業業績の改善や昨今の物価高による労働者側からの賃上げ要求の高まりに加え、企業側の人手不足の深刻化が挙げられる。厚生労働省「雇用動向調査」によれば、企業の未充足求人数は、2022年夏時点でコロナ禍前に匹敵する約130万人にも上っており、企業は積極的な賃上げによって必要な労働力を確保していかざるを得ない状況に置かれている。
こうした労働需給のタイト化が賃金の上昇につながるという関係は、古くからフィリップス曲線として知られている。図表1は縦軸に時間当たりの名目賃金(名目時給)の前年比、横軸に失業率を取った日本の時給版フィリップス曲線を表したものである。これを見ると、時給と失業率の間には右下がりの関係があり、労働需給がタイト化(失業率が低下)すると、賃金が上昇することが分かる。また1990年代後半以降、フィリップス曲線の傾きがほとんど変わっていないことから、過去30年近く両者の関係が安定的であることも確認できる。人口減少社会に突入している日本において、企業の人手不足は慢性的なものとみられ、今後も賃上げ圧力は強い状態が維持されると考えられる。
一方で、強い賃上げ圧力の継続は、インフレの定着化につながる可能性がある。企業が賃上げを続けるには、その原資を何らかの方法で確保していく必要がある。ここで、時間当たりの名目賃金(名目時給)は時間当たりの実質労働生産性と労働分配率、物価という3つの要因の掛け算に分解できる。物価は家計最終消費支出(持ち家の帰属家賃及び金融仲介サービスを除く)デフレーターであり、おおむね消費者物価(除く持ち家の帰属家賃)に対応している。つまり時給を引き上げるには、労働者1人当たりが生み出す付加価値である労働生産性を高めるか、物価(販売価格)を引き上げるか、企業の取り分を減らして労働者の取り分を増やすかの、少なくともいずれかが求められる。
図表2は時間当たりの名目賃金(名目時給)の前年比を上記の3つの要因の寄与度に分解したものである。名目時給は2013年以降、直近2022年まで10年連続で上昇しており、前半は主に労働生産性の上昇による寄与が大きかったが、後半にかけて労働生産性の伸びが鈍化すると、次第に物価(販売価格)や労働分配率の上昇による寄与が大きくなっていく姿を確認できる。
今後も労働生産性の伸び悩みが続くようだと、労働分配率の引き上げにも限界があることから、賃上げを続けるには物価(販売価格)を一段と引き上げざるを得なくなる。これまで物価も賃金もなかなか上がらない状況が続いていた日本において、賃金上昇とともにインフレが定着する日も、そう遠くない将来に訪れる可能性が高まっている。
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