Withコロナにおいて加速するデジタルHR~人事・人材マネジメントのデジタル化におけるポイント~
1. はじめに
新型コロナウイルス(以下コロナ)の影響によってテレワークやオンラインコミュニケーションが日常化し、期せずして人事・人材マネジメントのデジタル化が加速することとなった。単なるオンライン化といった急場しのぎの施策のみならず、本質的なデジタル化を行う企業群は、人事・人材マネジメントによる経営貢献度を急激に高めていくことになると考えられる。
本レポートでは、人事・人材マネジメントのデジタル化とは何なのか、その効果や必要性、なぜ経営貢献度を高めることができるのか等について、当社が関わったプロジェクト事例を交えて紹介していく。
2. 人事・人材マネジメントのデジタル化とは
まず人事・人材マネジメントのデジタル化とはどんなものか、そのイメージを持ってもらうべく、セプテーニグループの取り組みを紹介する。同社では「社員の成長・評判(360度評価結果)は個性と環境によって規定される(予測される)」という社内研究の下、採用や配属、育成等を自社で構築したAIモデルによって最適化している(図表1)。例えば採用時には、候補者の資質(アセスメント結果)に加えて、類似する社員のタイプ、どの領域で活躍可能性があるかといったことが面接官に提示される。また、その人材タイプごとに過去の成長・評判の推移が蓄積されており、AIモデルが成長の方向性に応じて、最適な配置転換や育成方法等を個別に提案してくれるのである。
【図表1】セプテーニグループのデジタルHR
(出所)セプテーニグループ Digital HR Project より当社作成https://www.septeni-holdings.co.jp/dhrp/studies/index.html
3. 人事・人材マネジメントのデジタル化の効果・求められる背景
セプテーニグループの取り組みからも分かる通り、人事・人材マネジメントのデジタル化の効果は、主に以下の3点といえる。
- 年次・職種等だけでなく、アセスメントデータ(適性検査等)や行動データ(メール・働き方等)も組み合わせた、多様なセグメンテーションによる人材タイプの可視化とパーソナライズ化(個別化)
- 人事やマネジメントの実践知に定量比較やモデル化を加えることによる、意思決定精度の向上
- 自動化による人事業務のスピード向上・効率化
当社では、このように単に人事業務をオンライン化することに留まらず、「データやデジタル技術を活用し、個に最適化された人材マネジメントを提供し、ビジネスをリードする人事機能」となることを、人事・人材マネジメントのデジタル化(デジタルHR)と定義している。
このデジタルHRが企業から求められる主な背景として、以下の3点が挙げられる。
- 人事機能に対する経営からの期待の変化
事業戦略や製品ライフサイクルの短縮化、業際の曖昧化を受け、将来の事業戦略も見据えた人材獲得・人材開発が人事に期待されるようになった。ゆえに、既存の人事業務の更なる生産性向上も求められるようになっている。 - 多様な従業員の確保および多岐にわたる従業員ニーズへの対応
コロナの影響から、様々な領域における多様性確保が重要であることを再認識した企業・組織も多い。人材の多様性もその一つであり、外的変化に対して最適な戦略を構築・推進するには、多様な経営人材やリーダーを確保・育成しなければならない。そのような様々な従業員の多様なニーズに応えられる人事体制・施策の整備が必要となっている。 - 人的資本の可視化・開示の要請
米国証券取引委員会(SEC)における人的資本管理の情報開示義務化や、ガイドラインとしてのISO30414の策定等、自社の人的資本およびその投資対効果を外部に対して説明することが重要になっている。
上記背景に適応していくためには、自社の人事・人材データを蓄積し、活用することが必須となる。日本企業にはその構えができているのか、次に当社の調査結果を紹介していく。
4. 日本におけるデジタルHRの現状
2019年に当社が実施した「人事のデジタル化に関する実態調査(回答社数130社、うち67%が売上規模1,000億円以上)※」で、デジタルHRに関して人事業務の自動化・データ分析・タレントマネジメントシステムの3分野への取り組み状況を明らかにした。残念ながら、未実施ないし特定領域のみ実施という企業が多く、人材マネジメントのデジタル化はあまり進んでいないといえる(図表2)。
【図表2】デジタルHRの実施状況
(出所)当社作成
※以下にも本調査の詳細を記載:https://www.murc.jp/library/report/cr_200131/
また、データ活用やタレントマネジメントを推進する際の取り組みとしては、「アナログデータの電子化」が多く回答され、それだけ人事業務には紙ベースの情報が多く残っているということが分かった。これらの結果から、コロナへの人事部門の対応が大きく以下の3つのケースに集約されたであろうことが推測される。
- 人事の意思決定に必要な情報がすでに電子化され、人事サービスレベルをほとんど低下させることなく継続できたケース
- 担当者が出社し従来の業務を継続することで人事サービスを維持したケース
- 上記が不十分で意思決定そのものを先延ばしにするなど、人事サービスを中断したケース
調査結果から見ても、多くの日本企業が、人材に関する情報の電子化および人材マネジメントプロセスのオンライン化においてファーストステップにあるといえるだろう。
5. デジタルHR推進の全体像
先に紹介したセプテーニグループの取り組みでは、なぜデジタルHRを人事全体に適用していくことができたのだろうか。もちろん、経営トップが強力に推進したことや、従業員の巻き込み方にも重要な点はあるものの、最大の成功要因は「従業員の成長・評判のスコアを高める(あるいはそのKPIで各種施策を判断する)」ということに、経営・人事・従業員の間で共通認識を持てたことだと推察される。
当社では、データの活用・分析においても、データ基盤の構築においても、このゴールの指標化および共通認識の醸成こそが、最初の重要なステップになると考えている(図表3)。
【図表3】デジタルHR推進の全体像
(出所)当社作成
具体的な流れとしては、KPIを可視化した後、影響する指標・要素が何なのかをデータ分析・構造化し、課題・施策を策定していくことで、データ活用サイクルを回していく。そしてその過程で、不足しているデータやデータ保有の仕方や形式の課題等を明らかにし、取得・蓄積・一元化のサイクル、つまりデータ基盤を整備していくのである。
こうして活用可能なデータ量が増えることで、さらにデータ活用サイクルにおけるデータ分析・構造化の精度が高まっていく。この2つのサイクルを継続的に回していくことがデジタルHR推進におけるポイントと考えられる。次節では、このサイクルをうまく回して成功した当社の関わったプロジェクト事例を紹介していこう。
6. プロジェクト事例
KPIへの影響指標の構造化および基盤としてのタレントマネジメントシステム導入
金融機関X(従業員、数千人規模)では、ビジネスモデル転換やDXによる人材の大規模なリソースシフト、現場のエンゲージメント管理・向上、そして間接部門効率化のための人事業務高度化と省力化が、主な課題として顕在化していた。通常、タレントマネジメントシステムを導入する場合、人事業務やそのプロセスの課題抽出を行い、要件定義・システム選定を行うことが一般的である。
しかし本事例では前述の課題があったため、事業部門へのヒアリングやピープルアナリティクスを通じ、リソースシフト先である今後の中核人材像の明確化やエンゲージメントへの影響要素の構造化を行った。これによって、最適なデータ基盤構築の方針策定と、タレントマネジメントシステム選定の両者を同時に行うことを狙いとした。検討アプローチは図表3の概念を踏まえ、下記のプロセスで実施している。
- 人事KPIとして、ワークエンゲージメントとパフォーマンス(人事部による評価)の2つを設定
- 事業部門並びに人事部門へのヒアリングに加え、様々な先行研究・学術知見等を活用し、両KPIに影響を与えると考えられる指標・要素について仮説構築
- 収集可能なデータ(エンゲージメントサーベイ、パルスサーベイ、自己申告、個々人の属性情報、適性検査情報、研修受講履歴等)を用い、上記仮説を検証
- 中核人材像の明確化や定量的な検証(ピープルアナリティクス)を通じ、現状不足しているデータは何か、人事において定点観測すべきデータは何か、それらのデータをどのように持つべきか、現場とどのようにデータ連携するか、といったことを明確化
- 別途ヒアリング・分析を実施した人事業務・業務プロセスの課題を踏まえ、データ基盤やタレントマネジメントシステムの要件を定義
- データ項目別にデータ蓄積の方針、また既存システムとのデータ連携方針を策定
- 要件に基づき、タレントマネジメントシステムを評価・選定
実際に当該企業では、その後も新たに設定したKPIも含めデータ活用とデータ基盤構築の両サイクルを回し続け、効果的なリソースシフトや人材開発を実現している。
7. おわりに
データの蓄積やシステムの一元化は時間のかかる取り組みであるがゆえに、取り組みスピードやその進捗は企業間で二極化しやすい領域である。しかし、Withコロナにおけるリモートワークやデジタルツールの拡大により、多くの企業が期せずしてデータを収集しやすい局面になった。経営や従業員、株主等、全てのステークホルダーに対し、よりダイレクトに貢献する戦略的な人事機能を実現するべく、このタイミングを逃さずデジタルHRの推進を加速させることが急務であると言えよう。
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