はじめに
筆者は、当社主催のマネジメントリーダー養成塾(毎年、東京・大阪・名古屋の3地区にて、経営者の視点に立って判断・行動できる後継者・経営幹部を育成するための特別講座)において、『経営戦略Ⅱ:中期経営計画を活用した強い会社の創り方』を担当している。直近5年だけでも400社以上の経営層の方々と、中期経営計画(策定段階・実行段階)の在り方について議論してきた。
中期経営計画に対する意見・考え方は各社さまざまである。
● A社(情報通信業:売上約50億円)
中期経営計画は3年に1度策定している。3ヵ年の期間は、情勢がどう変わろうが、3年後の目標を変えることは無い。中期経営計画の進捗状況は毎年1度だけ年度計画発表のタイミングで報告し、社員と共有している。
● B社(建設・設備業者:売上約300億円)
中期経営計画をこれまで策定したことは無いし、必要ないと思っている。経営トップが10年程度先のビジョンを掲げており、そのビジョンを意識しながら、各部門が年度計画を策定している。その年度計画に沿って各部門が活動している。
● C社(卸売業:売上約100億円)
中期経営計画は2年に1度策定している。以前は3年に1度策定していたが、3年の期間では世の中が変わり、3年後の目標が役に立たないことが多かった。2年の計画で、投資すべき事項(新規事業、社内システム)、改訂すべき人事制度や組織体制等を設定し、2年間で成果を出すようにしている。
● D社(製造業:売上約50億円)
業界構造が大きく変わることがないので、中期経営計画は5年に1度策定している。ただ、毎年内容の見直しを行っている。5年後の計数目標を変えることは無いが、KPIの指標や数値は世の中の情勢や実績にあわせ、毎年見直しを行い、調整している。
中期経営計画の策定方法・運営方法の答えは1つではなく、各社が置かれている状況(企業の社風、業界、規模、財務状況、等)によりさまざまであり、そうであるべきだと考える。私の研修では、中期経営計画策定における最低限の武器(考え方、策定ステップ等)を伝えた後、参加している経営層の方々とワークショップ形式で自身の会社のことを振り返り、その上で、各社の考えや実態を発表し参加者間で共有している。他社の成功事例・失敗事例に耳を傾けながら、「これは参考にできるな」というアイデアを1つでも2つでも自社に持ち帰ってもらい、実践できるような内容とすることを念頭に進めている。
中期経営計画は会社の進むべき方向性やアクションプラン、達成すべき指標等を記したバイブルであると同時に「社内の情報共有・コミュニケーションツール」であり、このツールをどのように使うかによって、会社の成長や業績、人材育成を左右する。
本稿では、上で述べた研修およびコンサルティングの現場を通じて得た「中期経営計画を活用した強い会社の創り方」を紹介する。
1. 中期経営計画の策定状況
数年前、当社において中期経営計画策定に関するアンケート調査を実施した。
【図表1】中期経営計画の策定状況(単純回答)
(出所)経営管理の状況に関するアンケート(2016年、当社作成)
※以下にも本調査の詳細を記載
本アンケート結果では、実に7割の企業が中期経営計画を策定しており、また、4割の企業が毎年ローリング、計画の見直しを行っている。また、企業規模別では、売上10億円未満の企業は計画の策定割合が4割程度であるが、10億円以上になると半数以上が策定し、100億円以上の規模になると、7割以上の企業が中期経営計画を策定していると答えている。
2021年6月に実施した研修(マネジメントリーダー養成塾)内のアンケートでも、同様の結果が得られ、おおよそ7割の企業が中期経営計画を策定し、3割程度の企業が「策定したことがない」「過去策定していたが、意味を見出せなかったのでやめた」と答えている。なお、今年の研修は、新型コロナの流行が2020年4月頃から始まり、さまざまなことに苦しんだ1年間を経た後のものであり、以下の各社の声のとおり、これまでとは少し様相が変わっていた。
● E社(小売業:売上約20億円)
これまで、目の前のことを着実にこなしていれば、会社は成長し続けてきたが、新型コロナの流行をきっかけに業務の在り方や社員の採用・育成の在り方が大きく変わろうとしているのを実感している。少し先を見据え、時間をかけて実行していく計画を策定する必要があると感じている。
● F社(建設・設備業:売上約200億円)
これまで5ヵ年計画を策定していたが、新型コロナの流行をきっかけにさまざまな場面で変化が生じている。次年度からは3ヵ年計画として策定することとなった。
コンサルティングの現場でも、新型コロナの流行をきっかけに、営業体制・営業手法の見直し、管理部門の効率化に向けたシステム投資、また、これまで不採算でもよしとしていた事業の見直し(撤退・縮小を含む)等、強化すべき事業へリソースを急速にシフトさせようとしていることが伺える。
2. 中期経営計画の実践
中期経営計画を策定した後は、実践・成果を出すために、PDCAを回していくことが求められる。ただ、その計画を実践し続けていくことができていない企業が非常に多い。今年の研修でアンケートを取った際、約7割の受講者が「計画策定」より「計画の実践」が難しいと答えている。我々が実施したアンケートでも、「振り返りの実施/責任の所在が曖昧」とした企業が18.6%と多く、次いで「計画を実行する人材の不足」が18.2%と多かった。計画の策定以上に実践・計画の達成に悩んでいる企業が多いことが伺える。
【図表2】中期経営計画で悩んでいること(複数回答、n=768)
(出所)経営管理の状況に関するアンケート(2016年、当社作成)
※以下にも本調査の詳細を記載
中期経営計画に対する運用評価と業績の傾向を調査した結果が中小企業庁のレポート1にまとめられている。そこでは、計画を運用しPDCAを回すことができていると評価した企業は、売上高・経常利益が増加または大幅に増加したと回答している企業の割合が高い。逆に、計画運用が十分でないと評価した企業は、売上高・経常利益が減少または大幅に減少したと回答した割合が高くなっている。当然、これは結果を踏まえた上での意識調査のため、このような数値になりやすいと考えられるが、裏を返せば売上高・経常利益が減少していた企業は、もっと計画を上手く運用すればよかったと考えていると捉えられる。
【図表3】経営計画の運用評価別の業績傾向
(出所)「小規模企業白書2020」中小企業・小規模事業者における経営課題への取組(中小企業庁)より当社作成
3. 中期経営計画策定時におけるポイント
中期経営計画策定に関する書籍では、「現状分析」「課題の分析」「目指す姿の設定」「計画への落とし込み」や3C分析、PEST分析等のフレームワークの活用が紹介されていることが多い。しかしながら、そこで紹介されている方法で進めても、「経営層で議論した方向性がなんだか腹落ちしない内容となっている」、「社内に計画があることは知っているが、具体的な内容は知らない」と、計画の内容や策定の進め方に疑問を抱いている会社は少なくない。実際に、講座の中でもこのような声がある。
本章では、現場に浸透する計画を策定するためのプロセスや進め方についてのポイントを解説していく。
【図表4】中期経営計画策定における戦略・計画の策定フレーム
(出所)当社作成
(1)現状分析フェーズは、自社の実態を丁寧に分析する
現状分析をする際、「マーケットの市場動向や競合他社の動向」、「最新技術の動向や各国の政策動向」といった外部データに加え、「社内の営業成績や商品別の粗利(率)」、「社員の労務環境やシステム整備の実態」などの内部データを整理・分析している企業が多い。当然これらは重要な情報であり、今後の方向性を議論する際に不可欠である。これらの情報に加えて、社内に埋もれている情報や、普段はまとめていないような情報をより多く集めることが肝要だ。
同じ会社であるにも関わらず、組織間(設計、マーケティング、営業、製造、管理等)でどのような活動をしているのか見えていないことが多い。また、同じ部門(設計1課、設計2課等)においても同様のことが起こっている場合もある。計数面は毎月共有されていても、「その数字がどのような活動によってもたらされたのか」が共有されないと、結果としてお互いが何をしているか分からない状態になってしまう。たとえば「新しいことを取り組み始めたつもりだが、他部署で既に実施していた」、「この企画は他部署で過去に実施したが、〇〇という理由で駄目になったことを知らなかった」といった話を聞くことも多いのではないだろうか。これらの情報は会社の課題抽出や将来の目指すべき姿等を設定する際に非常に重要であり、身近に埋もれていることが多い。中期経営計画策定の際には、社内の取り組み状況を棚卸して、整理・分析に取り組んでほしい。
(2)「目指す姿」は経営層で議論し尽くす
現状分析の結果や経営トップの意向を踏まえ、数ヵ年先の目指す姿・方向性を設定することになるが、ここでは経営陣全体で忌憚のない意見を議論し尽くし、そのうえで会社の方向性を設定することが求められる。
「影響力の大きな人物」や「主張が強い人物」の意見に押され、疑問を持ちながらも忖度する形で目指す姿が決まったと、よく耳にする。計画を現場に浸透させる際は、計画の内容について現場社員から質問をされ、経営陣が目指す姿や会社の方向性とその背景をきちんと説明できることが欠かせない。どれだけ立派な計画であっても、経営陣が自分で方向性を語れない姿を目にすると現場社員はついてこない。
数年後の目指す姿を設定する際、それぞれの立場に応じてさまざまな考えがあるのは当然であり、意見が対立することもあるだろう。ただし、議論を尽くしたうえでの結論が自らの意見と異なっていたとしても、会社として決定した事項には従い、会社として同じ方向を向くことが必須である。後から「実は納得していなかったが…」といった発言や態度を出してはならない。
(3)KPIを設定する
中期経営計画を策定する前に、前・現中期経営計画の振り返りをする必要があるが、この振り返りをしていない企業が多い。売上や利益等については「達成した、していない」と評価することができるのだが、重要項目と設定したテーマの達成状況を確認すると、評価できないと答える企業が多い。
多くの企業が、将来の目指す姿や数ヵ年後の売上・利益やROI等の計数目標を設定している。ただ、それら計数目標の達成に必要なKPIを設定していない、また、進捗を追っていないことで、重要項目と設定したテーマの達成状況を評価できないということが生じていると考えられる。上場企業であってもこれらのKPIを設定していない企業が散見される。そのような状況で中期経営計画を策定してもゼロからのスタートとなり、また何のために計画を策定したかがわからなくなる。
KPIを設定する際に「どういったKPIを設定してよいかわからない」という声も多い。KPIの設定では、KPIの数(多くなり過ぎないよう留意)と取得可否について検討してほしい。重要な指標であっても、あまりに多くのKPIを設定したり、システムが整っていない等の理由により、データを取得するために多大な労力がかかるKPIを設定してしまったりするケースがある。こうなるとKPIを取得することが目的化してしまい、改善活動に繋がらない。ぜひ、KPIを設定する際は運用のことを念頭においてほしい。
(4)「計画策定フェーズ」では、現場リーダー層の意見を組み入れる
中期経営計画の策定は、部長級以上の役職者中心で進められることが多い。経営層は会社の方向性を定め、成果を出すという役割を担っており、会社の方向性を決める議論までは経営層中心で進めるべきである。しかしその方向性に沿って、どのような活動をしていくのかといった行動計画は次期リーダー層や自身の後継者等を交えながら、策定することが望ましい。そうすることで、より現場の課題が浮き彫りになり、計画が実行に移される際にリーダー層が自分事と捉え、活動することができるという効果がある。
実際に活動していく際のキーパーソンを計画策定時から巻き込むことで、活動スタート時における取組状況が、そうではない場合と比べ、スムーズとなる。既存の延長で語られるテーマは比較的容易に実行に移されるが、新しく取り組むテーマや改変して取り組むテーマは、取り掛かるまでに時間がかかる。
また、これらリーダー層は、計画策定の代弁者にもなるため、社員への浸透も早くなる。計画策定後、最初の1~2ヵ月の期間に計画で立てた取り組みをスタートできるように現場リーダー層を巻き込みながら計画を策定することを検討してほしい。
4. 中期経営計画実践時におけるポイント
中期経営計画は策定して終わりではなく、その計画に沿って活動し成果を出すことが重要であり、またそれが当然の姿である。ただ、この当然のことができていない。計画に対する進捗状況を確認し、その結果を踏まえて次の打ち手を講じるといったPDCAサイクルができていない場合や、毎月、計数計画の進捗状況を管理しているが、中期経営計画で設定した内容や計数計画以外の指標・行動に対する進捗状況を把握できていない場合がある。それは上で述べた通り、策定した計画の内容やKPIの設定による場合もあるが、そもそもPDCAを回す仕組みができていないことに起因していることが多い。
【図表5】中期経営計画実行時におけるPDCAサイクルの仕組み(例)
(出所)当社作成
(1)PDCAサイクルの仕組み構築
中期経営計画の進捗状況を確認し改善していくPDCAサイクルのスタイルは各社によって異なるが、かかわる層を意識しながら設計してほしい。ポイントは、図表5のように「取締役会」⇔「フォローアップ会議」⇔「現場」で議論した内容(決定事項、指示事項、懸念事項等)が正確に繋がるようにしなければならない。そのためにも、全体をマネジメントする「事務局」が不可欠である。いずれかの部署(人物)が全体を把握しながら、コントロールすることが求められる。
また、単一部署だけで進められるテーマはさほど難しくないが、複数の部署が関与しながら進めなければならないテーマはそれぞれの責任が分散され、また、手間がかかるということを背景に検討や取り組みが進まない傾向にある。そのような場合は、テーマをとりまとめる主管部署(担当者)を定め、全体をサポートしながら進めていくPDCAサイクルの仕組みを構築してほしい。
(2)目に見える活動を、そして、成果を
中期経営計画の内容と実態とが乖離している、また長年計画の内容を実行してこなかった等を背景に、社員から計画に対する信頼を失っている企業は、ぜひ計画当初の半年間で目に見える活動を行い、成果を出すよう取り組んでほしい。中期経営計画に「新規事業」「営業改革」「働きやすい環境」「社員の処遇改善」といったキーワードが毎回のように並び、具体的な成果が見いだせていない企業は多い。さまざまな試行錯誤をした結果、成果を出せないのではなく、お題目だけ並べて活動すら十分できていない場合も少なくない。これでは、計画を作っても社員は見向きもしない。
すべてのテーマを全力で取り組むことは難しいため、1つのテーマだけに注力するのも有効だ。本気で計画を達成するよう、担当者を決め、体制をつくり、活動に移してほしい。そして、その活動成果を社員に見せることが肝要だ。社員は会社の動きを見ている。活動成果を見れば、「例年と異なるな」「いつもと違う」と社員へ伝わるはずである。計画年度に入ってから半年後に動くようでは遅い。初年度の最初の月から活動し、半年で何かしらの成果を出すことが必要である。そういった成果を社員に示すことで、社員は成功体験を実感し、中期経営計画への参加意欲が高まる。
最後に
今回紹介した内容は、企業規模や業種、社内風土等によって、参考になる内容と、そうでない内容とがあるだろう。 中期経営計画を策定した後、社外への説明用資料や一部の社員だけに活用されるだけの資料としないためにも、計画の策定段階から社員を巻き込みながら活動していくことが重要である。
計画を策定する際に現状分析を通して他部署の社員と交流し、実態を知る。リーダー層を巻き込みながら行動計画を策定することで自分事のように捉える。また実行段階では、経営層が、会社の将来・方向性に沿って中期経営計画を社員に語る。計画のPDCAサイクルを回し共有することで、会社の立ち位置を社員が把握する。このように中期経営計画を「会社を強くするための1つのツール」として捉えて、計画の策定・実践に役立てていただきたい。
【ご紹介資料】
【資料ダウンロード】『中堅中小企業における中計策定状況とトレンド反映型中計の必要性』
1 2020年版中小企業白書・小規模企業白書 中小企業庁(2020年4月24日)
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