コロナ禍によるIT業界の構造変化~中堅・中小SIに迫られる変革とは~

2022/01/11 松本 光希、新村 高史
デジタルイノベーション
中堅・中小企業経営
IT産業

1. はじめに

新型コロナウイルスの影響を契機に多くの業界で変化が生じている。大きなものとして挙げられるのがリモートワークやデジタルトランスフォーメーションの動きで、それを支えているのがIT業界である。本レポートではIT業界に生じる変化および、同業界に所属する中堅・中小システムインテグレーター(以下、SIと表記)が今後を見据えた上で必要となる取り組みに関して考察する。

2. 日本における従来のIT業界の構造

これまで多くの日本企業では、ITシステムは主に経営管理といった「守り」に活用されてきた(図表1)。在庫管理や勤怠管理等、業務管理や効率化を目的としたシステム投資がその一例である。そこでは、ITシステムの導入は「コスト削減」という意識が働く上、システム要員のキャリアパスが描きにくいといった人材育成上の問題も生じていた。さらに米国などと比較して雇用保護が強い日本の制度上の背景もあり、自社内で大規模なシステム部門を抱えてシステムを開発するのは一部の大企業に限定されてきた。この結果、米国では企業自身がシステムの開発・導入・運用を行う一方で、日本では基本的にITシステム開発は外部のSIに一括で委託する、独自のビジネスモデルが構築された(図表2)。

このビジネスモデルにおいて、ユーザー企業からシステム開発を一括して委託された外部SIは「元請け」と呼ばれる。「元請け」SIの主業務はシステムの開発業務の全体設計、プロジェクト管理で、実際のシステム開発作業は、「元請け」SIが再委託する1次請け、2次請けと言われる同業の中堅、中小SIが担っていることが多い。そのため1つのシステム開発においても、元請けベンダーを頂点とし複数のベンダーが絡む「重層下請構造」が形成されてきた。

【図表1】国内企業がITにより解決した経営課題

グラフ 国内企業がITにより解決した経営課題

(出所)総務省委託「ICTによるイノベーションと新たなエコノミー形成に関する調査研究」
(2018年3月、三菱総合研究所)より当社作成。設問の回答数は236社。

【図表2】日本の従来の業界構造

図 日本の従来の業界構造

(出所)当社作成

3. コロナ禍によって生じたユーザー企業の変化

日本では長らくこのような構造が一般的であったが、昨今のコロナ禍により、人々の生活や働き方等、各種において急速にオンライン化が進行している。これを受け、ユーザー企業のシステム活用のあり方にも急速な変化が生じ始めている。

(1) システム活用目的の変化

コロナ禍を契機に、各業界で業務のオンライン化が急速に進展している。これに伴い、システム活用が管理や効率化といった従来の「守り」のみに留まっていた業界でも、インターネットを介した営業・販売活動や顧客接点をオンライン化することとなった。この結果、製品やサービスの開発強化、ビジネスモデルの変革を目的とした「攻め(売上拡大)」のシステム活用が想定を大きく上回る速さで急拡大している(図表3・4)。

(2) 体制の変化

業務全体のオンライン化が進み、攻めの面でもシステム活用が拡大するにつれ、抱えるシステムが巨大化している。これに伴い、従来は少人数でシステムの保守・運用だけを担ってきたユーザー企業の体制(図表5)も変化し、大企業を皮切りに自社内で大規模なIT部門を抱える動きが同時に加速し始めた。例えばファーストリテイリングやダイキン工業はITを活用したサービス拡充等を見据え、IT人材の採用を大幅に強化させている。加えて、民間企業だけでなく、金融庁やデジタル庁といった官公庁でも将来を見据えIT人材の採用強化の動きが見られる(図表6)。これらの結果として、従来業界内での競争が主であったIT人材の獲得競争が業界外にまで波及し、IT人材の採用が激化している(図表7)。

【図表3】IT市場規模の推移
(2015年を100とした相対値。2018年以降は予測)

グラフ IT市場規模の推移

(出所)経済産業省「平成30年度我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備(IT人材等育成支援のための調査分析事業)」「IT人材需給要に関する調査報告書」(2019年3月)より当社作成

【図表4】IT投資の内訳

グラフ IT投資の内訳

(出所)JEITA/IDC Japan「2017年 国内企業の『IT経営』に関する調査結果」を基に当社作成

【図表5】IT人材の所属先

円グラフ IT人材の所属先

(出所)独立行政法人情報処理推進機構「IT人材白書2017」(2017年4月)より当社作成

【図表6】ユーザーによるIT人材獲得事例

表 ユーザーによるIT人材獲得事例

(出所)各種公開資料より当社作成

【図表7】求人動向

グラフ 求人動向

(出所)DODA「転職求人倍率レポート(データ)」より当社作成

4. 今後の業界構造の変化

このようなユーザー企業の変化を踏まえ、今後のIT業界にどのような変化が生じるかを考察していく。

(1) 提供価値の変化

大企業を中心に事業規模を問わず過熱するIT人材獲得競争を勝ち抜き人材を確保できたユーザー企業は、自社でシステム開発を主導し、内製化することが可能になる。これにより、ユーザー企業が外部SIに求める提供価値は、システム全体の業務委託からユーザー企業が有さない特定技術等の部分的なサポートへと変化していくことが予想される。そのため、今後のSIの立ち位置は、システムの外注先からシステムを共創するパートナーへ変化していくだろう。

一方、資金面などからIT人材を確保できなかったユーザー企業は、引き続きシステム開発全体を一括で外部SIに依頼することが見込まれる。つまり、共創パートナーというSIの新たな価値提供スタイルが出現する中で、システム開発全体を担う従来型のSIに対するニーズは減少しつつも存在し、今後は2つの提供価値がIT市場全体の中で共存していくと考えられる。

(2) 重層構造の変化

上述のように自社でシステム開発を主導し、内製化していくユーザー企業が増加することにより、元請けが開発を主導し中堅・中小ベンダーに再委託する既存の重層構造は、徐々に崩れていくことが見込まれる。これに対応するためSIのビジネスモデルは、独自の専門性を有し少数精鋭で共創パートナーを目指すパターンと、業容を拡大しながら従来のシステム開発全体を担うパターンの2つに分かれるだろう。後者については、ニーズの減少が見込まれてもなお底堅く存在する従来のシステム開発ニーズに対応し、業務範囲を設計から開発まで広げ、ニーズを余すことなく取り切る動きが想定される。結果として、現在の元請けから1次、2次請けへ再委託する重層構造は徐々に変容すると考えられる(図表8)。

【図表8】従来/今後の業界構造

<従来の業界構造>(図表2再掲)

図 日本の従来の業界構造

<今後の業界構造>

図 従来/今後の業界構造

(出所)当社作成

5. 中堅・中小IT企業に求められる取り組み

ユーザー企業とIT業界の変化に対応し、現状では1次請け、2次請けを担うことが多い中堅・中小SIは、事業の方針転換に迫られている。具体的には、以下の3点からの検討が求められる。

(1) 新商材開発・新規事業開発

1点目は元請け企業からの委託を受けるのではなく、自社独自の商品を開発し、大企業ユーザーの共同パートナーとしてのポジション確保を狙うことだ。独自商材の開発が難しい場合、既存ユーザー業種で培ったノウハウを活用したシステム以外の事業に参入を検討することも視野に入るだろう。

このような新商材開発・新規事業開発にあたっての検討フローは以下の通りである。

  1. 既存ユーザーが抱えているニーズを把握し、ニーズの強度、競合プレイヤー市場を調査
  2. 顧客と自社内の声、両者に耳を傾け、システム業界に限定せずに俯瞰的かつ客観的に自社が有している強み・弱みを洗い出す
  3. これまでに明らかにしたニーズと、自社の強みがどの程度活かせるかを総合的に評価し、推進の可否判断をする

取り組みを始めた企業例としては、日本システムウエア社が挙げられる。同社は従来のシステム開発に加え、新商材としてクラウドサービス、データ連携サービスを開発し、ビジネスモデルを大きく変革しようとしている(図表9)。

(2) M&A、アライアンス構築

2点目はM&A、アライアンス構築により同業と手を組み、設計から開発までフルラインのサービス提供を試みることだ。大手SIが資金力を活かし、現在の1次請けや2次請けの買収を試みる等、M&Aやアライアンスにおいても競争が生じることが想定されている。そのため、中堅・中小SIは案件の持ち込みを待つのではなく、自社から能動的に提携先を発掘することが必要不可欠である。具体的には、まずは自社の現状を分析し、M&A・アライアンスによりどの領域を強化するか、それに対して自社の財務基盤を考慮した上でどの程度の資金投下が可能か等、大枠の条件を決める。その条件に基づき提携先となりうる企業を自社主導でリストアップし、能動的にアプローチしていく。アプローチの際は、先述のように市場でのM&Aやアライアンスニーズが高まっていることを踏まえ、アプローチ先の企業が自社以外からもアプローチされている可能性を考慮する必要がある。そのため、単に株式面や金銭面の条件を提示するだけではなく、「自社が目指している方向性や、どの分野でアプローチ企業の力を活かしてほしいのか」「アプローチ先の企業と協業した結果どのようなことを見込んでいるか」といった展望や方針も伝える。加えて、アプローチ先企業の経営方針やビジネスモデルにも言及し、自社と組むメリットも明確に伝えていくことが肝要である。

すでにこのような取り組みをしている企業としては、Minoriソリューションズ社が挙げられる。同社は、付加価値の高い成長領域への進出・拡大、顧客基盤の拡大等を見越し、自社から主導する形で2019年に大手SIであるSCSKの子会社となった(図表9)。

(3) 育成体系の構築

事業の方向性によらず、異業種を巻き込んだIT人材獲得の過熱が続くことが見込まれるため、人員確保のために新卒社員含め業界未経験者の採用が増加することが見込まれる。そういった人材を戦力化していくためには育成体系の構築が必要不可欠である。

具体的には、まずは自社の提供価値と企業理念を基に、自社のIT人材が有するべきスキル・マインドを定め、社内教育の体系化を進めなければならない。未経験の人材が採用時から効率的にスキルを身に付けられるように、どのタイミングでどのようなスキル・マインドを段階的に習得するか、そのプロセスをロードマップ化した研修の全体像を策定し、それに則って具体的な研修内容を現場の声を踏まえて検討していく。一例として自社がユーザー企業の共創パートナーを目指すならば、ユーザー企業のSIと連携したアジャイル型の開発体制が求められる。その体制を構築できるカリキュラムとして、例えば「アジャイル開発に適したプログラミング言語の取得促進」「共創を可能とするチームワーク」「マネジメントを身に付けるファシリテーション」「コーチング研修」「システムに関するスキル習得」だけではなく、顧客のビジネスモデルを理解するために必要な「事業戦略に関する知識の習得」「マーケティング研修」などを段階的に導入していくことになるだろう。

取り組みを始めた企業例としては、大企業にはなるものの、日立製作所が挙げられる。同社は「マルチスキル人材」の育成に向けて、既存のITスキルのレベル診断や独自の認定制度という統一的な基準に基づいた人材の見える化や育成体系を確立している。このような自社のIT人材が保有すべきスキル・マインドを構造化し、ロードマップへ落とし込むことで研修の全体像を策定する動きは、中堅・中小SIにも広がるだろう(図表9)。

【図表9】取り組み事例

図 取り組み事例

(出所)当社作成

6. おわりに

各社のビジネス形態はさまざまであり、本レポートにて言及した内容とは必ずしも一致しないこともあるだろう。しかしながら、海外と大きく異なり、独自の構造をなしていた日本のIT業界の構造が、新型コロナウイルスを契機とし大きく変化していくことは間違いない。本レポートを通じて、今後の市場環境を改めて考え、事業、経営方針を見直す機会となれば幸いである。

執筆者

  • 松本 光希

    コンサルティング事業本部

    経営戦略ビジネスユニット 経営戦略第1部

    マネージャー

    松本 光希
  • 新村 高史

    コンサルティング事業本部

    経営戦略ビジネスユニット 経営戦略第1部

    マネージャー

    新村 高史
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