ものづくり企業による医療・ヘルスケア業界への新規参入~自社技術の転用における留意点(自動車部品などを例に)~
【概要】
国内の製造業を取り巻く事業環境が大きく変化する近年、事業ポートフォリオの見直しを行う中で医療・ヘルスケア業界への新規参入を模索しているものづくり企業も多いのではないだろうか。本レポートでは、異業種(特にものづくり企業)からヘルスケア業界への参入について、医療・ヘルスケア領域を概観しながら、自社の技術の検討にあたっての留意点や実際の参入事例などについて解説を行う。
1. はじめに
新型コロナウイルス感染症の拡大だけでなく、半導体不足をはじめとする部素材不足や原材料価格の高騰、カーボンニュートラルやDX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みなど、国内の製造業を取り巻く事業環境は、近年、大きく変化している。そこで、事業ポートフォリオの見直しを行う中で、医療・ヘルスケア業界への新規参入を模索しているものづくり企業も多いのではないだろうか。
医療・ヘルスケア市場は、世界的な高齢化の進展による医療需要の高まりを背景に、拡大を続けている。より適切な診断や治療を行うための医療分野だけでなく、医療費の増大に歯止めをかけるための健康維持・予防分野や、一度健康を害した後でも、生活の質(QoL:クオリティオブライフ)を維持できるようにする介護分野など、ヘルスケアビジネスも広がりを見せている。そのため、従来のメインプレイヤーである製薬や医療機器メーカーだけでなく、多種多様な業種からの新規参入が相次いでいる。
例えば、バイオ医薬品や再生医療製品などは、従来の化学合成で生産する医薬品とは異なり、培養等のプロセスがあることが大きな特徴である。そのため、化学メーカーが、製造プロセスを活かしてバイオ医薬品の製造に参入したり、各種部材の提供を行ったりするなどの新規参入事例も多い。
自動車部品業界は、これまで培ったものづくりの技術や生産基盤の強みを活かし、医療機器など多品種少量生産が要求される業界において、一定の存在感を示している例もある。膨大な医療データのAI(人工知能)等での分析やデータ取得のためのデバイス技術、医療アプリなどでは、IT企業等の参入なども活発化している。
本レポートでは、異業種(特にものづくり企業)からヘルスケア業界への参入について、医療・ヘルスケア領域を概観しながら、自社の技術の検討にあたっての留意点や、実際の参入事例などについて解説を行う。
2. 自動車部品メーカーから見た医療・ヘルスケア領域
自動車業界は、CASE(「Connected:コネクティッド化」「Autonomous:自動運転化」「Shared/Service:シェア/サービス化」「Electric:電動化」)をキーワードとする、大きな変革期にある。特に、従来のガソリン車向けの部品は、電動化に伴って置き換えが進むことが避けられず、自動車部品メーカーは、新たな活路を自動車業界以外の新規事業に見出そうとしている。例えば、自動車で使われていた精細な部品を活用した埋め込み用医療機器、各種センサー技術を活用したベッドセンサーや、ベアリングを活用したリハビリ用機器などが事例として挙げられる。
新規事業を立ち上げる際、医療・ヘルスケア業界は、需要が安定している点で魅力的だ。一方、自動車部品のように、大量生産をベースとした技術の転用にあたっては、医療・ヘルスケア業界の特性である多品種少量生産への適応が重要な課題となる。このため、生産設備の組み換えなどを含めた対応が必要となる。
【図表1】自動車部品関連技術とヘルスケアを含む他業界との親和性
(出所)各種資料を基に当社作成
3. 医療・ヘルスケア業界の展望
医療・ヘルスケア領域では、近年、高齢化の進展とそれによる医療費の高騰という課題を解決するため、(1)より早く、(2)より優しく、(3)より効果的、効率的に、(図表2では丸囲み数字)という3つのキーワードが注目されている。
医療費抑制に向けて、ウェアラブルデバイスにより日々の健康状態の変化を把握し、また非侵襲の検体検査により疾患を早期発見したり、早期に介入を行ったりする予防領域へのシフトが徐々に進んでいる。健康悪化の予兆が見られたときに(1)「より早く」対処できるようにするための研究開発を進める中で、新規参入プレイヤーも出てきている。また、治療方法も、より体へのダメージが少ない(低侵襲の)治療法や、これまでは難しかった体の機能回復も可能にする再生医療など、(2)「より優しく」するための研究も盛んである。
例えば、再生医療などでは、細胞の培養に培地や培養機材等の消耗品が使われ、培養を効率的に実施するための自動培養装置などの機器類、検査するための装置など、従来の医薬品とは異なる工学的な技術要素が多く含まれている。
さらには、個人個人に合わせた(3)「より効果的・効率的な」治療方法の実現に向けた取り組みも注目される。個別改良のための3Dプリンターを活用した各種装具、手術ロボットや小型医療機器のためのデバイス技術などがそれであり、これらの技術開発には、従来の医療機器とは異なる要素が多分に含まれている。こういった要素技術が実現することで、早期診断や効率的な治療を行うことによる医療費高騰への対応に繋がり、また高齢者に対しても負担の少ない医療が実現できるなど課題に対するインパクトも大きい。
(1)~(3)の要素に関連する技術開発については、医療・ヘルスケア領域で従来活用されてこなかった、ものづくり企業の持つ技術領域が活かせる可能性があり、新規参入の余地は比較的高いということができるだろう。
【図表2】医療・ヘルスケア領域の今後の動向
(出所)経済産業省「産業競争力会議 実行実現点検会合(第36回:医療・介護)平成28年3月23日」など各種資料を基に当社作成
4. ものづくり技術の医療・ヘルスケア業界での応用の際のポイント
では、自社の技術が、医療・ヘルスケア業界において、優位性を構築し得るか、どのように判断すればよいだろうか。図表3に示したように、工学的な技術背景を医療・ヘルスケア領域への訴求可能性を踏まえて、改めて分析し直すことが有用となる。
具体的には、「小型化」を「軽量化」と読み替えたり、素材に関しては、「侵襲性の低さ」を「生体親和性」などの文言に置き換えたりするといった工夫が必要である。技術的親和性を探索するにあたっては、自社特許を医療・ヘルスケア領域の観点から改めて分析したり、自社の技術的な強みを棚卸ししていったりする中で精度を上げていくことになる。自社の持っている技術力と医療・ヘルスケア領域におけるニーズがマッチした分野に特化して、投資を集中させていくことが大変重要となる。
【図表3】戦略的な技術整理の実施例
(出所)各社資料、各種文献資料を基に当社作成
ものづくり技術を医療・ヘルスケア領域において適応する例としては、図表4が挙げられる。自動車部品や化学メーカー等、ものづくり企業が既に保有している技術は、医療・ヘルスケア領域においても十分に活用できるものも多いといえる。一方、医療・ヘルスケア領域に参入するにあたっては、同領域のニーズや課題を十分に理解する必要があることから、狙うべきスペックや適応性などについては専門家に相談するなど、情報を収集しながら検討を実施すべきである。
【図表4】ものづくり技術と医療・ヘルスケア領域(医療機器分野等)の関係の例
(出所)中小企業庁「中小企業の特定ものづくり基盤技術及びサービスの高度化等に関する指針」を基に当社作成
医療・ヘルスケア領域を俯瞰して見たときに、ものづくり企業が参入を検討するのに比較的適していると考えられる領域をハイライトして示すと、図表5のようになる。
例えば、分析機器や介護関連領域は、特に親和性の高い領域だといえる。また、ライフサイエンス領域において特徴的なのは、初期の研究/開発の段階に対しても、製薬企業や大学などが投資を行っているため、一定の市場規模が存在している点だ。研究開発用の機器においては、診断/治療には利用されないことから、医療機器としての薬事承認を経ずに早期の上市が見込めることもあり、まずは、研究開発用の機器をターゲットとして事業参入することも一つの手段であるといえる。なぜなら、研究開発段階で、臨床現場での活用可能性が明らかになった機器等については、臨床試験を経て、医療機器として薬事承認を受け、医療現場で活用される可能性もあるからだ。
介護分野については、慢性的な人手不足など現場が抱える課題解決に繋げるための機器やシステム開発が求められており、ものづくり企業の持つ技術の転用可能性が期待される分野の一つである。
実際に参入をしているものづくり企業の例としては、細胞培養については機器としてソニーや東京エレクトロンなど装置メーカーの参入、医療ロボットは川崎重工業、核酸医薬は日東電工など自社の技術を活かした参入などがよく知られている。一方で、参入障壁が比較的低く、かつ、社会的な課題も大きい介護領域に関しては、自動車で使われていた各種センサー技術を活用したベッドセンサーや、ベアリングを活用したリハビリ用機器など、自動車部品業界などからの参入も複数見られる。
【図表5】医療・ヘルスケア領域の中でものづくり企業の参入が有望な分野(例)
(出所)各種資料を基に当社作成
5. 終わりに
日本のものづくりの産業の衰退が取り沙汰されているが、国際的に見て、優位性を持つ技術もまだまだ多いと考える。日本のものづくり企業の強みを活かし、医療・ヘルスケア領域に応用することで、多くの課題を解決して国民の健康維持・増進に繋げることを期待したい。また、ものづくり企業の技術を起点として、我が国発の画期的な医療技術が生まれれば、海外からの輸入依存が指摘される状況も打破できることを願いたい。
※本稿は、三菱UFJ銀行会員制情報サイト「MUFG BizBuddy」2022年9月16日に掲載したものです。
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