統合思考で策定する経営計画〜ステークホルダーの価値観を重視した統合的な経営計画作り~
1.はじめに
近年、ESG投資等への関心が高まっており、非財務情報の開示の重要性が増してきている。しかしながら、従来の非財務情報の開示は、統合報告書での開示が中心であり、積極的に非財務情報を経営に活用しているケースは多くない。
このような課題を受け、中期経営計画(以下、中計)を活用して非財務情報の活用を積極的に開示する企業が増えてきている。当社が実施した調査においても、トレンド(ESG等)反映型中計の策定が増加していることが分かっている(※調査内容は「【関連サービス資料】中堅中小企業における中計策定状況とトレンド反映型中計の必要性」を参照)。しかしながら、非財務情報を戦略に組み込んだ経営計画の策定は簡単ではない。なぜなら、非財務情報が経営に対してインパクトがあることを示すためには、非財務情報と自社の戦略との関連性をもたせる「統合思考」を用いて経営計画を考える必要があるからだ。そこで本レポートでは、中計等で示す戦略とリンケージ(相互関係を考慮)した統合報告書例を押さえつつ、それらの例に共通する「統合思考」で戦略を考える際の要諦を説明する。さらに、その要諦を踏まえながら、「統合思考」で経営計画を策定する具体的な方法について説明する。
2.統合報告書例から読み解く統合思考の要諦
(1)統合報告書とは
旧国際統合報告評議会(以下、旧IIRC)[ⅰ]は、統合報告書を「組織の外部環境を背景として、組織の戦略、ガバナンス、実績、および見通しが、どのように短・中・長期の価値創造を導くかについての簡潔なコミュニケーション」であり、「フレームワークに準拠して作成される」ものと定義している。統合報告書の主な目的は、「財務資本の提供者に対し、組織が長期にわたりどのように価値を創造するかについて説明すること」であり、顧客や事業関係者、従業員を含む、「組織の長期にわたる価値創造能力に関心を持つすべてのステークホルダー」にとって有益であることを必要としている。
統合報告書が、アニュアルレポートをはじめとした他の種類の報告書と異なっている点として、長期にわたる組織の価値創造ストーリーを重視している点が挙げられる。旧IIRCのフレームワークにおいて、「価値創造」は「組織の事業活動とアウトプットによって、資本の増加、減少、変換をもたらすプロセス」と定義されており、ここで言う「資本」は、組織の事業戦略における、財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本の「6つの資本」を指している。一方、統合報告書においては、組織の有する資本を簡潔に言語化し、組織の事業活動を通していかにこれらの資本に影響を与えているか、すなわち「組織が価値を創造する仕組みの明確化」が求められている。
価値創造ストーリーに基づいた統合報告書の作成においては、より包括的な観点で企業の価値創造のあり方を捉え直す、いわゆる「統合思考」が必要不可欠となる。
(2)統合報告における「統合思考」とは
旧IIRCは、「統合思考」を「組織が、その事業単位および機能単位と組織が利用し影響を与える資本との関係について、能動的に考えること」と定義し、「統合思考は短・中・長期の価値創造を考慮した、統合的な意思決定および行動につながる」と説明している。
「統合思考」においては、①焦点を当てる時制、②重視する最終結果の2点が特に重要なポイントとなる。「統合思考」とは対照的な思考法として、従来の短期思考が挙げられる。従来の短期思考は、「過去の実績」に基づいて「現状を中心とした短期間の事業活動」に焦点を当て、財務諸表をはじめ組織の「利益」に直結する事柄を重視する傾向にある。一方で「統合思考」においては、あくまでも「将来志向」に基づいた上で「長期にわたる組織の価値創造」に重きを置いている。また、組織の事業活動に影響を与え得るリスクと機会、事業活動に利用する資本の持続性の検討によって、組織の持続可能性の向上を目標としている。
(3)中計等で示す戦略と相互関係を考慮した統合報告書とは
長期的な視点と価値創造に主眼を置いた「統合思考」という思考法と、それに基づく統合報告書の作成が重要となるのは、前述の通りである。中計等で示す戦略と相互関係を考慮した統合報告書とするには、1.リンケージ、2.定量化、3.情報開示の3つの要素を満たす必要がある。
1つ目の「リンケージ」は、統合思考に基づいて非財務情報/サステナビリティ関連情報まで網羅している統合報告書の定性的な内容が、中計等の経営計画において具体的な方針・戦略・施策レベルで相互関係を考慮されていることである。
2つ目の「定量化」は、方針・戦略・施策レベルで相互関係を考慮された定性非財務情報/サステナビリティ関連情報を定量的な目標(KPI)として設定することである。
3つ目の「情報開示」は、方針・戦略・施策レベルで相互関係を考慮された定性・定量非財務情報/サステナビリティ関連情報の必要性や検討のプロセス等を統合報告書内で開示することである。
(4)中計等で示す戦略と相互関係を考慮した統合報告書例と統合思考の要諦
本項目では、実際に1.リンケージ、2.定量化、3.情報開示の3つの要素を網羅して作成された統合報告書の事例を紹介する。また、各事例に共通する点を明らかにした上で、「統合思考」で戦略を考える際の要諦を説明する。
3つの事例はいずれも、社会への長期的な価値提供に向けた重要課題(マテリアリティ)の特定を行い、その重要課題に応じた長期戦略を経営計画へ具体的に組み込んでいる。3つの事例を踏まえると、「統合思考」で戦略を考える際の要諦は、「長期的な視点で、ステークホルダーとの関係性や社会課題の観点にまで価値提供の視野を広げた上で、自社の事業活動を見つめ直すこと」であるといえる。
3. 統合的な経営計画を策定する方法
(1)価値協創ガイダンスのフレームワークを参考にした統合的な経営計画
統合思考で戦略を考える際の要諦を踏まえた経営計画を策定する際、参考となるフレームワークが、経済産業省が手引として公表している「価値協創ガイダンス」である。
価値協創ガイダンスは、企業と投資家を繋ぐ「共通言語」として、企業の経営理念やビジネスモデル、戦略、ガバナンス等を体系的・統合的に整理し、投資家との対話の質を高める手引であると定義されている。
価値協創ガイダンスの考え方は、社会の長期的なサステナビリティを展望し、企業のサステナビリティと同期化、つまり企業が社会の持続可能性に資する長期的な価値提供を行うことを通じて、社会の持続可能性の向上を図るとともに、自社の長期的かつ持続的に成長原資を生み出す力(稼ぐ力)の向上と更なる価値創出へとつなげていくこと、さらにそのために必要な経営・事業変革(トランスフォーメーション)を行うSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)を志向することの2つが根底にある[ⅴ]。まさに、「統合思考」で戦略を考える際の要諦と同じ視点を持つフレームワークであるといえる。
「価値協創ガイダンスフレームワークの全体像」(図表4)では、価値観、長期戦略(長期ビジョン、ビジネスモデル、リスクと機会)、実行戦略(中期経営戦略など)、成果と重要な成果指標(KPI)、ガバナンスの各要素が、価値協創のために相互にリンケージしており、要素別に経営計画を策定する上で必要な検討項目が網羅されている。また、「統合思考」と同様に、①焦点を当てる時制が長期であること、②重視する最終結果が価値観であることが前提となっており、「統合思考」とも整合が取れている。つまり、価値協創ガイダンスのフレームワークを参考にすることで、統合的な経営計画を策定することが可能となる。
(2)統合的な経営計画策定時のポイント
統合的な経営計画を策定する際に最も重要なのが「価値観」である。価値協創ガイダンスでは価値観を「社会の課題解決に対して企業および社員一人ひとりが取るべき行動の判断軸、または判断の拠り所となるもの」と定義しており、さらに「自社固有の価値観を示すとともに、これに基づき、どのような社会課題を重要課題として捉えるのかを検討することが重要」と示している。この価値観は、統合的な経営計画を策定する際に最上流に位置する検討項目である。特に、価値協創ガイダンスの検討項目である、「1.2 社会への長期的な価値提供に向けた重要課題・マテリアリティの特定」は非常に重要であり、これを適切に特定することが統合的な経営計画を策定する際のポイントとなる。仮に、これが適切に特定されていないとすると、価値観より下流の長期戦略や実行戦略など、経営計画全体に影響をおよぼすことになる。これを適切に特定するためには、自社目線だけでなく、必ずステークホルダー目線を交えて検討し、社会のサステナビリティと企業のサステナビリティを同期化させることが必要になる。そうすることで、非財務/サステナビリティ関連情報を含む統合的な情報が、自社の価値を創出するために経営戦略に組み込まれるようになる。
4.統合的な経営計画の策定プロセス
(1)全体プロセス
統合的な経営計画を策定する際には、価値協創ガイダンスのフレームワークが参考になると述べたが、全体のプロセスを分解すると、①現状把握、②重要課題・マテリアリティの特定、③自社の目指す姿の設定、④戦略・施策の立案・評価・絞り込みの4つに分けられる。
① 現状把握では、内部・外部環境分析を行う。内部環境分析では、自社のバリューチェーンや価値創造ストーリーにおける6つの資本(財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本)における強みや弱みを言語化する。外部環境分析では、マクロ視点(PEST分析等)やミクロ視点(顧客・競合分析、5フォース分析等)を踏まえて、自社事業の環境変化の因子を抽出する。以上の内部・外部環境分析によって、まずは自社事業の現状を正しく把握する。
② 重要課題・マテリアリティの特定では、10年程度の長期的な時制の中で、現状把握で抽出した自社事業の環境変化の因子を影響度・実現度の2軸で分類する。そして、影響度大・実現度高の環境因子の変化シナリオを予測する。その環境因子の変化シナリオを踏まえて、ステークホルダーとの関係性や、その関係性を踏まえたステークホルダーのあるべき将来像を描き、あるべき将来像を実現するために解決すべき社会課題を抽出する。そして、抽出した社会課題に対してステークホルダーにとっての重要度を整理する。最後に、ステークホルダーにとっての重要度と自社への影響度に応じて重要課題・マテリアリティを特定する。
③ 自社の目指す姿の設定では、特定した重要課題・マテリアリティを解決するために、自社の事業活動を通じて長期的にどのような価値を提供したいかを言語化する。長期ビジョンに該当するものではあるが、事業領域が複数ある場合は、それぞれの事業領域で事業ビジョンを検討しつつ、それらを横串しで表現する全社(グループ)ビジョンを掲げることもある。いずれにしても、特定した重要課題・マテリアリティを必ず考慮した長期ビジョンを打ち出すことが重要である。
④ 戦略・施策の立案・評価・絞り込みでは、自社の目指す姿を実現するための戦略オプションを設計することから始まる。現状把握で整理した自社の現状や、重要課題・マテリアリティの特定で予測した環境因子の変化シナリオを踏まえて、自社の目指す姿を実現するための戦略課題を抽出し、戦略課題を解決するための戦略オプションを設計する。複数の戦略オプションが候補となる場合は、自社資本の有効性や資本の再配分により得られる効果等の基準で評価し絞り込みを行う。なお、戦略オプションを実現するために設定する施策も考え方のプロセスは同様である。
以上の全体プロセスを図示したのが、(図表5)である。従来の経営計画を策定する際の考え方では、自社ビジョンが最も上流に位置するが、統合的な経営計画を策定する際の考え方では、自社ビジョンのさらなる上流に重要課題・マテリアリティが存在することになる。
(2)重要課題・マテリアリティの特定時のポイント
全体プロセスのうち、一番重視すべきなのが最上位にある「重要課題・マテリアリティの特定」である。重要課題・マテリアリティを特定するまでの一連のプロセスでポイントになることが2つある。
1つ目は、「ステークホルダーのあるべき将来像を実現するために解決すべき社会課題を抽出する際に、必ずESG等のサステナビリティを考慮した社会課題を抽出し、社会のサステナビリティと企業のサステナビリティの同期化を志向すること」である。なお、 ステークホルダーの将来像は環境因子の変化シナリオをベースに導き出される。そのため、シナリオの予測時から、ESG等のサステナビリティを踏まえた視点で検討しておくことが必要である。
2つ目は、「抽出した社会課題に対するステークホルダーにとっての重要度を整理する際は、必ずステークホルダーに対するヒアリングを行い、社会課題に対するステークホルダーの期待や価値観を確認すること」である。ヒアリングによって期待や価値観を確認しておかないと、社会課題に対するステークホルダーにとっての重要度に認識のギャップが生じる可能性がある。ステークホルダーの価値観を重視する統合的な経営計画を策定するためには、その認識ギャップを埋める工程が必須である。
5.おわりに
本レポートでは、中計等で示す戦略との相互関係を考慮した統合報告書の実例を踏まえ、「統合思考」で経営計画を策定するポイントなどを述べてきた。「統合思考」で経営計画を策定することで、「社会のサステナビリティと企業のサステナビリティの同期化」が実現し、社会と企業の持続的な発展・成長の両立が期待できる。また、繰り返しになるが、「統合思考」で戦略を考える際の要諦は、「長期的な視点でステークホルダーとの関係性や社会課題の観点にまで価値提供の視野を広げた上で、自社の事業活動を見つめ直すこと」である。これは言い換えると、その観点を踏まえ本レポートで紹介した経営計画を策定する具体的な方法などを参考に、今後の経営計画を検討すると、どのような企業でも統合思考の要素が盛り込まれた経営計画の策定が可能となるだろう。
本稿がステークホルダーの価値観を重視した統合的な経営計画作りの参考として、一助となれば幸いである。
【経営戦略ページ】
https://www.murc.jp/service/strategy/
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参考文献
[ⅰ] 旧国際統合報告評議会(旧IIRC)「国際統合報告フレームワーク 日本語訳」
[ⅱ] 東急不動産ホールディングス「2022統合報告書」
[ⅲ] 三井金属鉱業株式会社「統合報告書2022」
[ⅳ] 日本電産株式会社「統合報告書2021」
[ⅴ] 経済産業省『伊藤レポート3.0(SX版伊藤レポート)』(2022年8月30日)
[ⅵ] 経済産業省『企業と投資家の対話のための「価値協創ガイダンス2.0」(価値協創のための統合的開示・対話ガイダンス 2.0 -サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)実現のための価値創造ストーリーの協創-)』(2022 年 8 月 30 日 改訂版)
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