円安トレンドや資源価格の乱高下などに伴いインフレが進む国内環境において、小売業はコスト面・販売面で苦境に陥るケースが増えつつある。この苦境を乗り越えるために、業態開発・デジタルトランスフォーメーション(DX)・商品開発など多面的な取り組みが求められている。一方、特にデジタル対応・DX戦略については自社のみで必要な取り組みを十分に推進することは容易ではない。今後の戦略を考える際、不足する経営機能・要素については、提携・協業・M&Aなどを通じた補完を図りながら、新しい小売業像を構築することが求められる。本レポートでは、インフレ等によって小売業が受ける影響を概観し、今後の対応策を考察する。
1.多面的なマイナス影響が続く小売業の経営環境
小売業にとって逆風が続いている。中でも一番大きいのは、仕入れ原価や運営コストの上昇であるが、それに限らず経営に対する多面的なマイナス影響が続いている。
【仕入・調達】
(1)仕入れ原価の圧迫
各メーカーとも生産コストや為替の影響を受けて、取引先に対し販売製品の値上げを進めている。業界や製品によっては、一度ではなく、度重なる値上げをしているケースも増えつつある。非常に多くのメーカーがコストアップの影響を受けて、製品への値上げ分の価格転嫁を進めている状況にあり、仕入れでのコストアップを飲まざるを得ないケースが多くなっている。
【運営コスト】
(2)光熱費の上昇
電気代・ガス代等の燃料光熱費も上昇し、かつ高止まりしている。さらに、再生可能エネルギーでの発電を月々の光熱費とあわせて支払う「再生可能エネルギー発電促進賦課金」の負担もあり、当面軽減できる見込みは低い。多店舗展開している小売業においては、各店舗の電気・空調・冷蔵・冷凍設備の運営に電気が必要不可欠であり、光熱費の上昇は運営コストのコントロールを進める上で大きな圧迫要因となっている。
(3)人件費の上昇
近年、最低賃金の引き上げが続いている。最低賃金の上昇により、採用時の時給単価が上がるだけでなく、既に働いているパート・社員の時給・給料についても、上昇した賃金で採用したスタッフとの整合性を取るため、見直しが必要になるケースも発生している。
また、働き方改革・有休取得の義務化などにより、長時間労働を前提とした店舗運営は困難である。以前にくらべ多くの人手が必要となり、時給単価の引き上げとあわせて、人件費総額の増大につながっている。
(4)人手不足
多くの店舗では慢性的に人手不足のケースが見受けられる。要因としては、少子高齢化による若年層の減少等により、他業界にくらべ時給が低い小売業・サービス業等でのパート・アルバイトの採用難が挙げられる。求人募集してもなかなか応募がないケースにおいては、募集・採用コストも上昇しがちである。しかし、運営コスト抑制の観点で余裕のある人員シフト配置を組むことは難しく、急な欠員や退職者が出た場合、その補充に苦労するケースも発生している。
【消費者・販売戦略】
(5)EC販売、デジタル化への対応
リアルとオンラインを併用した販売モデルは、既に多くの小売業において一般化している。ただし、リアルでの小売チェーン多店舗展開を進めてきた各社において、EC販売事業が全社の売上や利益に明確にインパクトがあるレベルまで拡大・成長できている企業はまだ多くはない。本来、リアルとオンラインが連動してお客さまに接点を提供し、シームレスに販売・売上増につなげていくこと(オムニチャネルへの転換)を志向しているものの、多くの企業においては、リアルでの店舗販売を補完する位置づけに留まっているケースも多い。
さらに、オンライン販売においては、システム面の対応だけではなく低コスト・高効率な在庫管理・物流システムの設計が必要であり、スーパーマーケットのオンライン販売などのように、鮮度管理や物流コストがボトルネックになる場合は、収益化が一層難しい。そのため、オンライン販売についてはシステム開発を含め先行投資をしたものの、十分な収益化に貢献できていないケースも散見される。
(6)マーケットの縮小・成熟化
すべてのマーケットが該当している訳ではないが、日本全体の人口が減少期に入っており、食品・アパレル・雑貨・電気製品等含め、マスマーケット向けビジネスにおいて販売量がマスとして増えることは期待できない。特に、地方においては、人口減少及び高齢化の影響が既に顕著に出ている。
(7)消費者の所得の伸び悩み・減少
労働者の平均年収は物価のインフレ下にあるにも関わらず伸びていない。国税庁の「民間給与実態統計調査」によると、日本の労働者の平均年収のピークは1997年の約467万円となっている。また、年金支給額も物価変動にあわせて年金を増やす物価スライド制により引き下げられており、消費者の支出に対して慎重な姿勢を強めている。
このように販売面、運営コスト面、消費者の収入面のいずれにおいても、全体としては逆風が続いており、このままでは小売業の経営がますます厳しくなる可能性がある。
2.収益モデルの再構築が求められる小売業
~「稼ぐ力」を追求する必要性、収益モデル再構築へ~
これまで、小売業においては、各社の強みとする業態・フォーマットを全国に多数拠点展開することで、規模の利益・仕入れと小売価格のマージンを得て、事業の拡大を図ることができた。そのため、これまでの小売業の事業拡大における暗黙の前提条件として、以下の3点が収益を拡大するポイントであったと考える。
①(どちらかといえば)円高傾向あるいは円高を前提とした、中国をはじめとした海外からの大量・低コスト調達・供給体制
②低コストでの出店コスト・運営コストを前提とした多店舗展開による規模拡大
③多店舗展開に必要な大量のマンパワーを低コストのパート・アルバイトで確保できること
この①、②、③がそろうことで多店舗展開における規模の利益を享受できたが、昨今の社会情勢の変化により、①、②、③ともに前提条件が崩れつつあり、収益面において思うようにいかない環境になりつつある。
そのため、現行の小売業・多店舗展開による拡大を追求することで規模の拡大は実現したとしても、運営コストの増大が経営を圧迫し、利益を出すことがこれまで以上にかなり難しくなりつつある。その状況を踏まえて、現在の業態における収益構造・収益創出力を大幅に改善あるいは改革しなければならない経営環境にある。
3.収益構造・収益モデルの改善・再構築に向けた取り組みのポイント
(1)より競争力・魅力のある店舗業態への進化、事業開発
本レポートの冒頭に記載したような逆風下にあるため、各社が強みとする各小売フォーマットについても、以前より利益額が大きく圧迫される状況が続く可能性が高い。そのため、現行のフォーマットを、より顧客に魅力あるフォーマットに改善・進化させる、またシナジーが見込める領域での事業開発・事業展開を進めることが必要不可欠である。
たとえば、ある中堅小売業では自社の高い集客力を生かし、飲食事業に新規参入・出店を実施。小売業による規模の利益+飲食事業における利益の確保を両輪とすることで、事業収益の安定化を図りつつある。その他、ドラッグストアチェーンにおいては、以前より、ドラッグストア×低価格での食品販売による高い集客と利益の確保や、ドラッグストア×調剤薬局によるお客さまへのサービス価値・利便性の拡大と収益確保の両立を進めつつある。このように、各社の強みを生かした店舗業態の開発や、新事業の立ち上げなどを進め、既存小売り業態での利益率悪化をカバーする、改善する取り組みが必要不可欠である。
(2)EC販売、DX(デジタルトランスフォーメーション)の加速
EC販売・デジタル対応への取り組みは各社で積極的に進められている。ただ、その取り組みがDX本来の目的・あり方に沿った方向で進められ、目標通りに実現しているケースはまだあまり多くない。DXが成立しているかを判断する条件として、顧客が製品やサービスを購入・利用した際に、「顧客価値や顧客体験が大きく変わる、あるいは改善したかどうか」がポイントとなる。
今後は、オムニチャネルと言われるオンラインとリアル双方での多面的な販売機会の提供だけでなく、OMO(Online Merges with Offline)に基づく取り組みが求められる。そのため、EC事業をいかに、リアル・オンラインの垣根を関係なく会社全体の事業に組み込んでいくことができるかどうかが重要となる。
参考:オムニチャネルとOMO
- オムニチャネル・・・小売店舗、EC、SNSなどを通じて顧客と多面的に接点を構築し、購入機会を提供する方法。販売チャネルにかかわらず、それぞれの顧客情報を一元的に管理しマネジメントできることがオムニチャネル化の第一ステップとなる。
- OMO(Online Merges with Offline)・・・オンラインとオフラインの融合。オムニチャネルとしての機能に加えて、顧客の体験や顧客の感じる価値向上を狙いとして顧客サービスの提供、個客対応、双方向のコミュニケーションなどをオンライン・オフライン連動して進めることを指す
上記のようなポイントを念頭に、アプリの開発・提供やEC事業の展開、SNSでのコミュニケーション、各種サービスの展開に取り組んでいる小売業各社も存在する。ただ、それが消費者から見た統一感や効果的な仕組み作りにつなげられていないケースも多い。その背景としてシステム開発能力、システム開発のマネジメント能力の壁、部門の壁、予算の壁などが障害となり、思うように進まないケースも多い。そのため、そのような壁をどう突破・解決していくのかは経営判断として取り組むべきことも多く、ある程度トップダウンで解決していかなければならない。
(3)商品開発力・商品企画力
小売業でもプライベートブランド(PB)という方式による商品企画・商品開発は多く進められているが、よりPB開発方針を明確にし、取り組みを図ることが必要である。たとえば、
- PBブランド・商品開発における全体コンセプトの見直し
- 商品の提供価値・必要機能を追求し、コストパフォーマンスの高いPBブランドの開発
- お客さまのニーズにより応えた付加価値の高いPB商品の開発
など、会社の置かれた状況により、PB開発において取るべき道筋を見直す必要がある。
長年PB開発に取り組んでいる企業においては、商品の改廃・アップデートが不十分等の理由から、廃棄ロス等のリスクを懸念して取り組みが伸び悩んでいるケースもある。そのため、基本的なPB開発の方針から立て直すべきケースもある。
もちろん「ユニクロ」や「ニトリ」のように製造小売(SPA)というビジネスモデルを確立すれば、製造(企画)と小売両方の粗利を確保できることになり、企業としての競争力の大幅に高めることが可能である。いずれにおいても、商品開発・企画はそれを担当する人材の能力・スキルが非常に重要である。しかし、一朝一夕に商品開発力・企画力が高まることはないため、長年にわたり開発力のある人材を育成、また外部から戦略人材を図るなどして、人材に経営資源を投下し、開発力を高めておく必要がある。
(4)出店戦略、退店・店舗リニューアルの取り組み強化
これまでのチェーン展開においては、新店を出店すれば、その効果で数年間は安定的に売上が伸びていくことが見込まれ、新店を多店舗展開することで利益と投資の好循環が生まれてきた。ただ、最近においては、このような新店出店による売上増の開店効果が十分見込むことができないケースも増えつつある。さらに、魅力的な業態であればあるほど、競合の出店により思うような出店効果を得られないケースが増えている。そのため、
- 出店・退店・改装等の機動的な判断
- より集客力の高い、魅力的な店舗へのリニューアル投資
- 実店鋪にとどまらず、体験型店舗、オンラインとの連動・融合による販売機能の提供
などを改めて進めていくことが必要である。
顧客ニーズの変化、競合の動向、店舗展開エリアにおける商業動向の変化等により、各小売業の出店フォーマットにおける勝ちパターン(利益を生む出店のポイント)は徐々に変化している。それにあわせて、出店戦略の見直しを機動的に行うことが必要である。
(5)ローコストオペレーションの追求・効率化
昨今ではセルフレジ、セミセルフレジ、自動発注、仕入れ先とのDXの推進などが各社において進められている。スタッフの採用も容易ではなく、最低賃金も上昇が続く現状においてはローコストオペレーションの追求は必要不可欠である。
また、物流効率化、トレーサビリティ(生産履歴の追求)の向上も必要であり、そのためには現状の物流コストの把握や問題点を正確に理解した上で、取引先や仕入れメーカーとも協力してサプライチェーン全体での効率化・コストダウンを図っていく必要がある。
小売業の業態によっては接客や顧客サービスが差異化の核の要素の一つとなっているケースもあるが、その場合においてもルーティン業務などについてはできる限り効率化・省人化を図ることで、真に価値の高い業務にスタッフを配置するなど、店舗全体での省人化・省力化を図ることが改めて求められている。
業務の効率化はもちろん、分析業務や計画業務、判断が必要な業務についても、BIツールを用いた効率的なデータ分析、AIを用いた来店客数や売上予測、必要発注数の予測の効率化・精度向上、来客予測に基づく最適シフト・人員配置などの推進が可能である。店頭の現場業務だけでなく、バックヤード業務や本社業務についても、効率化・省力化、各種予測精度の向上を通じた、売上・粗利の改善、機会損失の回避、販売管理費の圧縮が求められている。
(6)人材投資・人材育成
以上の施策を推進していく上ではいずれにおいても、リーダーとなり推進していく人材が必要である。EC販売の強化においても、EC事業の企画・推進担当者だけが積極的に取り組むだけでは、会社全体の業績にインパクトを与えていくことは容易ではない。OMOという取り組みにあるように、オンライン・オフラインの取り組み・仕組みの融合が必要であり、小売の各店舗スタッフがその取り組みや役割を理解していなければ、有効にオンラインチャネルを生かすこともできない。
そのため、企画部門、店舗管理部門、店舗現場スタッフそれぞれの人材に投資し、育成していかなければ、会社全体の方向性を変えていくことにはつながらない。
4.経営としての優先順位の明確化
~上記を踏まえた経営資源投下・戦略投資の方向性・資源配分に関する経営の意思決定~
各種コストの増大などを踏まえた小売業に向けた逆風の経営環境は、今後も多少の強弱はあるものの、逆風での経営が続くことを想定した経営方針の見直しが求められる。
また、商品開発や調達力の向上、サプライチェーンの改善、システム開発等においては、単なる取引先や発注先という関係では部分最適にしかならない可能性も考えられる。そのため、重要なパートナーとなり得る企業とは、単なる取引先という位置づけから、提携・戦略的協業・M&A・ジョイントベンチャーの立ち上げなど、より踏み込んだ協力関係を構築することが必要なケースもある。
以上のように小売業で今後求められる改革は、ビジネスモデル、収益モデル、出店戦略、商品戦略、DX、人材等、極めて多岐にわたる。一方で、よほどの大企業でない限り、自社内で配分可能な予算・人材は有限である。さらにDXを推進していく上では、システム開発に相当の予算が必要である。
そのため、上記の取り組みの改善・改革オプションを踏まえて、自社の投資可能な投資予算・リソース(人員)をどこに優先的に投下していくのか、経営サイドが判断し、優先順位を付けて取り組んでいくことが求められる。
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