インドネシアにおける地域統括機能・ロケーション戦略上の可能性~シリーズ「事例から読み解く地域統括拠点のロケーション戦略」④~

2021/08/24 長谷川 賢
グローバルガバナンス
グローバルビジネス
アジア

グローバル展開をする日本企業が、アジア等に地域統括拠点を設置することは、迅速かつ効果的な事業運営を実現する上で、既に当然の施策となっている。そこで本連載では、事例をもとに地域統括拠点のロケーション戦略を読み解いていく。第4回となる本稿では、インドネシアにおいて日系企業の進出が最も盛んな輸送機器産業などを例に取り上げる。

本連載は地域統括機能のロケーション戦略を読み解くことを狙いに、これまでタイ、シンガポール、マレーシアというASEAN地域の主要国を取り上げてきた。4回目の本稿では、インドネシアを取り上げる。

インドネシアは、1949年にハーグ協定により独立が認められた後、豊富な地下資源に支えられて好調な経済を築いた。1980年代以降は、外資を利用しながら輸出志向型経済を形成するとともに、ASEAN第1位のGDP及び世界第4位の人口に支えられる旺盛な国内消費も功を奏して持続的な経済成長を果たしてきた。

主要な産業は、製造業(輸送機器・食品等)、農業(パーム油・ゴム・米等)、鉱業(天然ガス(LNG)・石炭・ニッケル等)などであり、特に輸送機器産業ではASEAN地域内においてタイに次いで自動車の生産台数が多い。また、国民の9割がイスラム教徒であり、1つの国としては世界最大のイスラム教徒を抱えることから、ハラルビジネスの一大市場として見られている。

本稿では、インドネシアにおける日系企業の進出が最も盛んな輸送機器産業などを例に取り、同国の地域統括機能のロケーション戦略を整理していきたい。

1.インドネシアにおける地域統括の現状

まず、インドネシアにおける日系自動車メーカーの現状は、図表1「インドネシアにおける日系自動車メーカーの近隣国含めた現地法人分布」を見ると、インドネシアに地域統括会社を置いているケースはなく、シンガポール、タイ、マレーシアといった近隣国に置いていることがわかる。参考までに、輸送機器産業に限らず他産業まで範囲を広げてみてもインドネシアに地域統括機能を置いている日系企業の既得情報では、インドネシア国内の事業統括をしているケース(住友重機械工業、東レ、大和ハウスグループなど)はあったが、ASEAN地域の統括機能を保有しているケースは見当たらなかった。

一方で、非日系企業まで範囲を広げると、同じ輸送機器産業における韓国資本の現代自動車が、アジア太平洋における地域統括機能をマレーシアからインドネシアに2021年末を目途に移管することを計画している。そこで、最初にインドネシア国内の事業統括の理由を紐解き、次に現代自動車がインドネシアに地域統括拠点を置くことにした理由を探っていきたい。最後に、日系企業一般に有用な示唆があるか、試みる。

【図表1】インドネシアにおける日系自動車メーカーの近隣国含めた現地法人分布

図表 インドネシアにおける日系自動車メーカーの近隣国含めた現地法人分布

(出所)東洋経済新報社「海外進出企業データ2020年版」及び各種企業情報を基に当社作成

住友重機械工業、東レ、大和ハウスグループは、インドネシア国内に限定した統括機能を保有している。各社公開情報によると、住友重機械工業は建設機械事業関連で5拠点(統括拠点自体も含む)、東レは紡績事業関連で10拠点(同左)、大和ハウスグループは建設・不動産事業関連で7拠点(同左)の統括を行っている。世界第4位の人口を抱えるインドネシアは国単体でも市場が大きいため、各社ともに広い国土の中に複数拠点を保有しており、さらにそれらを束ねるための統括機能を置いていると考えられる。

日系企業からインドネシアへの投資はシンガポールやタイと並んで旺盛であり、GDPや人口などのマクロ指標からもASEAN市場における有望性は高い。今後、既出の3社以外でも、インドネシア国内の統括機能を重視する企業が増えることは予想される。

現代自動車は、2021年末を目標にマレーシアからインドネシアに地域統括機能の移管を計画している。その背景には、ASEAN市場に向けたEV関連の製品開発、生産、販売のためのプラットフォームの確立をインドネシア国内で実現することを目的とした「Innovative Differentiation」という戦略の推進がある。

まず、マレーシアよりもインドネシアを選択した理由のひとつとして、自動車業界におけるEVの重要性を見込み、ASEANの中でとりわけ有望なインドネシアを選択したと考えられる。インドネシアは、EVに関してまだ手つかずの市場で将来的なオポチュニティが大きいとともに、EVに不可欠なリチウムイオンバッテリーの原料となるニッケル・ラテライト鉱石の埋蔵量が豊富なため、EV用バッテリーの中核素材の主要生産国となる可能性がある。これらを考慮した上でも、ことEVに関しては、需要・供給の両面でインドネシアが優れているといえる。

また、インドネシアを選択したもうひとつの理由としては、税制面でのメリットが挙げられる。2021年2月にインドネシア政府から発表された「投資事業分野に関する大統領令2021年第10号」により、特にインドネシア政府が誘致を行いたい事業分野や特定地域への投資に対しては、法人所得税の一時免除(タックスホリデー)などの優遇が投資額に応じた期間にて付与されることとなった。今回の現代自動車のケースも適用対象となり、2030年までに約22兆ルピア(約1,700億円)が投資される予定で、15年間法人税が100%免税、優遇期間終了後も2年間法人税が50%免税となる。これは、マレーシアに地域統括拠点を継続して設置するときに「プリンシパル・ハブ・インセンティブ」(第3回「産業・機能特化の地域統括に活用されるマレーシア」(2021年8月20日付掲載)参照)によって得られるメリット(既設会社に適用される条件から計算すると約60%相当の法人税免税が5年間適用)と比較しても優遇されている。

ここで日系自動車メーカーのインドネシア動向に目を向けてみたい。EV開発基地の設置のために、トヨタは2023年までに約28兆ルピア(約2,200億円)、三菱自動車は2025年までに約11兆ルピア(約850億円)の投資を計画している。既に述べた通り、インドネシアがEV関連において需要・供給の両面で魅力的である上に、政府より法人所得税の一時免除(タックスホリデー)の優遇が受けられるため、トヨタや三菱自動車の投資も合点がいく。優遇条件としてインドネシア国内に統括機能を持たせることは含まれていないため、直近で各社の統括体制に影響を与えることはないと思われるが、将来的な可能性については次章で述べることとする。

2.インドネシアの地域統括機能・ロケーション戦略上の可能性

インドネシアは市場自体が大きく各国からの投資も継続して旺盛で、現時点でも国内統括のための機能を置いている企業は存在することはすでに前章で述べた通りである。ここで今後の可能性について、トヨタ、三菱自動車、現代自動車などの自動車メーカーがインドネシアに投資を計画していることを例に模索していく。

インドネシア政府はEV開発の関連投資を優遇しており、今後もEV関連の投資がインドネシアに集約すると、規模の経済により恩恵を受けることができる。具体的には、EV関連の技術開発をしている自動車メーカーが近接して開発作業を進めることによって、サプライチェーンとインフラの効率化につながり、自動車部品の供給コストが下がるとともに、EV関連の技術開発の促進も期待される。インドネシアにEV関連の事業や機能が集約されることで、国外からの域内統括管理の限界を迎え、自然とインドネシア国内組織は国単体で自律する必要が生じ、結果として国内統括機能を持たせる企業が増える可能性があると考察する。

また、本連載第3回「産業・機能特化の地域統括に活用されるマレーシア」でも述べたが、インドネシアは世界最大のイスラム市場であるが、一方でハラル認証工業団地数ではマレーシアに圧倒的な後れをとっている。外資企業の立場で考えると、開発・生産はマレーシアで行い、その後にインドネシアへ輸送するというサプライチェーンをとる傾向が続くと思われる。ただし、インドネシアにおいてハラル対応の工業団地の整備が進んできた場合には、ハラル関連の技術や事業についてインドネシアへ統括機能を設置する企業が増える可能性がある。

参考までに紹介しておくと、インドネシア産業省はバンテン州セラン県のモデルン・チカンデ工業団地をハラル工業団地の国内第1号として、2020年9月に認定している。この他にも、東ジャワ州シドアルジョ県のセーフ・N・ロック工業団地、リアウ諸島州ビンタン島のビンタン・インティ・ハラル・ハブでもハラル認証工業団地の開発が進められているようだ。

本稿ではインドネシアの地域統括状況を見てきたが、インドネシアの大きな市場と広い国土を管理するための国内統括機能や、ハラルなどの特定事業における域内統括機能の可能性を確認した。これまでの連載を通して地域統括拠点は各エリアにひとつという制約はないと説明してきたが、インドネシア市場進出・拡大やハラルビジネスへの投資を見込んでいる場合には、インドネシアへの統括機能配置もオプションのひとつとして考えていただければ幸いである。

次回は、ASEAN地域を離れ、シンガポールと並び地域統括拠点としてグローバルで活用されている香港を対象として取り上げ、地域統括についてさらなる理解を深めたい。

【関連レポートはこちらから】

・「事例から読み解く地域統括拠点のロケーション戦略」①
製造業の統括拠点として好まれるタイ(2021年3月22日)

・「事例から読み解く地域統括拠点のロケーション戦略」②
事業や統括機能に応じて選択されるシンガポール(2021年4月28日)

・「事例から読み解く地域統括拠点のロケーション戦略」③
産業・機能特化の地域統括に活用されるマレーシア(2021年8月20日)

・「事例から読み解く地域統括拠点のロケーション戦略」⑤
1国2制度のもと法務・知財・為替の統括機能を強める香港(2021年10月25日)

・「事例から読み解く地域統括拠点のロケーション戦略」⑥
中国における事業統括会社・統括機能の進化の方向性 (2022年01月24日)

・「事例から読み解く地域統括拠点のロケーション戦略」⑦(最終回)
アジアにおける地域統括拠点を考える(2022年02月24日)

執筆者

  • 長谷川 賢

    コンサルティング事業本部

    社会共創ビジネスユニット グローバルコンサルティング部

    シニアマネージャー

    長谷川 賢
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