中国における事業統括会社・統括機能の進化の方向性 シリーズ「事例から読み解く地域統括拠点のロケーション戦略」⑥
グローバル展開をする日本企業が、アジア等に地域統括拠点を設置することは、迅速かつ効果的な事業運営を実現するうえで、既に当然の施策となっている。そこで本連載では、事例をもとに地域統括拠点のロケーション戦略を読み解いていく。第6回となる本稿では、中国についてみていく。
これまで、本連載ではタイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア、香港における統括拠点設置の戦略について論じてきた。本稿では中国についてみていく。
中国に進出している日本企業数は、2010年代後半からほぼ変わらず、あるいは若干減少という程度である。その中でも近年、統括機能の強化については動きが出てきている。公表された例では、2019年の明治(食品等:上海市)、ニプロ(医療機器:上海市)、2020年の参天製薬(医薬品:上海市)、イトーキ(オフィス家具等:江蘇省蘇州市)、2021年のフェローテックホールディングス(半導体関連:上海市)などが統括会社を設立し、統括機能を強化している。
また、現場でのコンサルティングも、ここ1、2年は、中国における統括会社や統括機能にかかわる相談が多くなってきている。2010年代初めにも、統括機能の強化とそのための法人設立の相談件数が増えたが、再び活発化してきた印象だ。ただし、今回は、2010年代初めに比べ、中国事業の発展のために統括会社の目的・機能はどうあるべきかという、より本質的な議論となっている印象がある。ここでは、2020年代の中国統括機能強化において、必要な論点を記載したい。
1. 地理的にみた中国統括会社
(1) 中国ビジネスを管轄する中国統括会社(もしくは統括機能)
中国の地域統括機能・統括会社について議論する際には、その管轄エリアのビジネス範囲を考える必要がある。筆者の中国ビジネスの経験からすると、日系企業では、中国に事業統括会社を置く場合、基本的には、中国本土ビジネスをその範囲とすることが多い。中国市場は、一国で1つの地域程度の大きな市場規模を持ち、また、規制なども独自性があるからといえる。加えて、統括する法人の数も、中国では、製造業と販売業(貿易会社)を別々に設立することが多かったため、数十社の子会社・関係会社群を中国に抱えることも珍しくない。そのため、1つの統括拠点がみる管轄エリアとしては、中国だけでも相応な範囲となる。
ちなみに、中国の統括会社は、おおよそ北京か上海の二択となるようだ。立地のメリットでは、この2都市でさほど大きな差があるわけではない。あえて特長をいえば、北京は中央政府に近くIT企業が集積しており、上海は最大市場としての華東地域でもあるということだろう。実際に統括会社の立地を選択する場合には、自社事業の中心が、華北(北京)・華東(上海)のどちらにあるのか。また、子会社群の立地が集積しているのはどちらなのか、といった観点で選ぶのがよいだろう。
(2) ASEANエリアとの関係
日系企業の場合、地域統括機能を中国本土に置いても、そこからASEAN地域の事業までをカバーするケースはあまり見ない。また、逆にASEAN内の拠点、例えばシンガポールやタイなどの地域統括拠点が中国大陸までを管轄する例も少ない。中国とASEANは地理的に距離があり、ビジネス慣習も異なることが多いため、同じ拠点からの統括は難しいと考えられる。併せてカバーする場合には、ほぼアジア全体となるため、エリアとしても大きすぎるのではないだろうか。
欧米系の企業の場合は、日本、オセアニアを含むアジアパシフィック地域(APAC)という区分を設けるケースが多く、その域内に1拠点統括機能を設けることはある。一方、日本企業の場合は地理的に近いこともあり、中国とASEANをまとめて管理するのであれば、日本国外にアジア地域統括企業を置かず、日本本社で直接レポートライン(指揮系統・報告経路)を集約する方がシンプルで組織・人材配置も効率的だろう。
なお、中国本土に近いという地理的側面からいえば、地域統括拠点の設置エリアとして、香港という選択肢もある。確かに、近年では、中国本土と香港の経済の一体化が進んでいる。しかし、香港と中国本土では、制度面に違いがあり、言語面でも異なる。中国本土の事業を統括する場合には、中国本土の方が、資金の運用や中国語(普通語)話者の採用などの面からみても効率的だろう。
【図表1】中国とASEAN地域の統括拠点
(出所)当社作成
2. 中国における統括会社の形態
やや詳細になるが、中国における統括会社の法人形態について触れてみたい。中国では、統括機能を有する企業の法的な形態が、明確に定まっているわけではない。投資公司、管理性公司、あるいは単に事業会社(いわゆるシンプルな「有限公司」)でも、事実上の統括的機能を担うことができる。ただし、税制の優遇、再投資機能など、法律で定められた特定の機能を発揮させる場合は、指定された法人になる必要はある。このあたりは、最新の法令を確認したうえ、資本金等の必要要件を満たすことでクリアしていくことになる。器としての統括会社は、(後述の戦略面と合わせて)最適なものを選べばよいと考える。
3. 中国における統括会社の目的・機能
2022年以降、統括会社を考える場合には、上記のような統括範囲、法人格などの面よりも、その目的や発揮すべき機能が重要な企業戦略となってくるだろう。
(1) 資金活用、税制面等のメリットを重視
直接的な目的としては、コスト、税制、資金活用等の面である。中国国内の統括会社が中国政府(中央政府あるいは地方政府)からの認定(地域統括)を受ければ、補助金、各種手続きの簡素化等のメリットが得られる。また、資金活用では、統括会社が傘下にある事業会社の利益をいったん吸い上げ、再投資等を行うことにより、効率的な資金の融通・活用が可能になる。
中国の場合、中国子会社からの海外への配当送金には10%源泉徴収されるが、中国国内の統括会社であれば、その分をセーブできる。また、再投資についても、中国→日本→中国とするより、中国国内で完結する方がスピーディである。なお、これらのメリットについては、(実務上はかなり複雑ではあるものの)各社の理解は深まっており、最近の日本企業の設立では、目的意識がはっきりしているように感じられる。
(2) 中国事業全体における効率化・成長の実現
より根本的な議論としては、戦略を立て、事業をコントロールするという本来の意味での事業統括機能をどこまで統括会社に持たせるかというものになる。バラバラに動いている感のある中国子会社群・中国ビジネスを、有機的に結合しシナジーを利かせていく、また、中国国内での新規投資やM&Aを機動的に行うなど、事業戦略的な動機である。
近時で企業の方々と議論をしていると、中国事業へのコミットが進むことに伴って、統括会社の在り方、あるいは統括機能の持たせ方は、進化・深化していると考えられる。一段、具体的にいえば、管理面での支援から、一元的な意思決定・戦略判断を行う方向に進んでいる状況だろう。
【図表2】段階的な統括会社の役割
(出所)各種資料をもとに当社作成
上記図表2のように、統括会社の役割はそれぞれの段階に分けられる。詳細は以下の通りである。
■管理面での支援
設立間もない初期的な段階では、中国事業を行う各社を支援する、あるいは日本から見て(主として数値的に)一元把握するための機能である。この場合の統括会社は、投資性公司ではなく、シェアードサービス(※)を行う管理性公司でも構わない。その場合、統括機能は、レポートライン上には乗らず、あくまでも支援の立場という状態にとどまる。
※ 複数のグループ会社や事業部からなる企業が、それぞれの間接部門で行う人事や経理などの業務を1カ所に集約して共有すること。
■一部機能の集約・統括
次は、一部機能を集約化する形で、統括会社の機能を拡大させる。この場合、マーケティングの一元化などがあたる。例えば、中国での販売機能が各子会社・各事業部門にまたがっていたものを、統括会社に販売窓口(マーケティング機能)として集約して、統括する。この段階になると、統括会社がレポートラインを受ける形になる。
■戦略策定・意思決定
最後の段階は、中国事業の戦略策定、また、各種の意思決定までを行うケースである。この場合、統括機能が投資資金をプールしたうえ、現地だけで投資判断の権限を持つような状態も含まれる。この段階になれば、中国事業を自律的な事業主体として機能させることができるだろう。ただし、筆者のコンサルティング経験からすると、中国統括会社に戦略機能を完全な形で持たせている企業は、未だ多くはない。中国事業が稼ぎの中核の1つになり、中国事業に非常に深くコミットせざるを得ない企業に限られる、という印象である。現時点では、中国統括会社に戦略意思決定を(任せたいものの)任せきれず、未だ日本本社側の決定を実行するだけの器にとどまっている企業が多いようだ。
4. 中国統括会社のさらなる進化に向けて
最後になるが、中国統括会社の戦略意思決定機能の強化について考えてみたい。この点では、論点も多岐にわたるが、ここではマネジメント人材育成と、統括会社による地政学的リスクへの対応可能性について論じたい。
(1) 中国で意思決定できる人材の育成・確保
中国に限らず戦略意思決定ができる人材がいない、という議論はよく聞かれるところである。海外事業では、現地において実情を理解しつつ、スピーディに判断していくことが有利になる。今回の場合は、中国ビジネスを知り、中国において指示・実行できるリーダー的素養のある人物が必要となる。中国統括会社を率いていくには、日本本社から派遣され、数年で異動になる駐在員ではなく、グローバルビジネスや中国ビジネスで経験を積んできた人材が相応しい。
この点、海外事業において必要な人材を自社で育成できている日本企業は、まだまだ少ないのではないだろうか。自社の中国人従業員の中から長期的視点で育成するか、欧米企業のように外部からグローバルビジネス人材(大方は日本人以外)を引き抜くというような選択肢も考える必要がある。また、中国統括会社のヘッドのポジションは、その職務・職責の範囲からいっても、本社のトップマネジメントに近いランク(地位)とするべきだが、現実にはそれより一段低いようなケースが多いようだ。いずれにしても、マネジメント人材については、かなり基本的な考え方から戦略転換が必要になると思われる。
(2) 地政学的リスク対応の可能性
直近では、「米中関係・地政学の面から中国事業のリスクに対して、企業はどのように対処していけばよいか」、という相談を受けることが多くなってきた。実は、この点でも、中国統括機能の活用が1つの解決策になるのではないかと考える。例えば、今後、米中経済のデカップリングが進み政治的な圧力がかかる、あるいは日本を含む地政学的な突発事項により、中国事業か米国事業(を含むグローバルビジネス)のどちらかを選ばなければならないような事態の発生を想定してみよう。そのような状況下では、日本・グローバル(中国以外の国・地域)の事業と中国事業を分離する必要が出てくる可能性もゼロではない。具体的にいえば、中国とその他の国・地域の商流を完全に分ける、極端には中国事業と日本本社との資本的なつながりをなくす(非子会社化)というようなケースである。この場合、中国事業については、自律的に運営せざるを得ないが、その機能を保持・発揮できるのは、当然中国の事業統括会社になるだろう。そのような事象が顕在化する確率や時期を予測することは難しいが、統括機能の自立的な戦略立案・実行機能を持たせるには、少なくとも数年以上はかかるだろう。かなり極端なリスク顕在化の例ではあるが、中国統括会社の自律的な運営の必要性を真剣に考えるタイミングではないだろうか。
参考文献
・経済産業省『第50回 海外事業活動基本調査(2020年9月調査)概要』
・JETRO『2020年度海外進出日系企業実態調査(中国編)』
・外務省『海外進出日系企業拠点数調査 2020年調査結果(令和2年10月1日現在)』
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