国際情勢を鑑みた中国半導体業界の現状~日本企業はどう対応すべきか~
概要
半導体サプライチェーン上の企業に甚大な影響を及ぼす事態をクリティカルイベントと定義し、中国の地政学的動向によるクリティカルイベントとして、「中国企業との技術競争激化」「中国生産の素材の調達難」「生産拠点の操業停止」「中国企業への販売制限」を想定する。クリティカルイベントに至るシナリオは「台湾有事」「米中デカップリング」「中国産業振興策」を評価する。
1.はじめに
本稿は2022年11月10日に開催された「MUFGグローバル経営支援セミナー 国際情勢を鑑みた中国半導体業界の現状~日本企業はどう対応すべきか~」(以下、「セミナー」)を基に構成している。セミナーに参加した日本企業の意向も併せて確認することとしたい。
セミナー参加企業の3割近くが、半導体関連材料・部品を提供する企業であり、1割が半導体メーカーであった(前・後工程合計)。半導体ユーザー企業の16%と合わせると、半数以上は半導体サプライチェーンに属していた。
また、緊張感が高まる米中対立を背景に、セミナー参加企業の8割が「足元のマクロ経済状況を鑑みた、中国に対するビジネス環境への展望」を問う質問に対して「中立/どちらとも言えない」「悲観的」「非常に悲観的」と答えていた(図表1)。習近平国家主席の3期目続投決定や、台湾海峡における軍備増強・軍事演習、ゼロコロナ政策の転換などさまざまなニュースのほか、現地法人を有する企業であれば現地からのレポートなど、情報が過分にあり、都度惑わされて漠然とした不安から中国事業を積極的に検討できない企業も多いのではないだろうか。
こうした情報を個別にすべて気にするのではなく、自社への影響を正確に評価し、大量の情報の中で優劣を付けて情報収集し、対策を講じることが望ましい。
刻々と変化する国際情勢が中国を中心とした半導体業界にどのような影響を及ぼし日本企業はどのように対応すべきか、半導体サプライチェーンのたどるであろうシナリオを導出しつつ、代表的企業の対策事例を踏まえ明らかにしていく。
2.クリティカルイベントに至るシナリオ
(1) 想定するクリティカルイベント
本稿では半導体サプライチェーン上の企業に、PL(損益計算書)やBS(貸借対照表)に影響が表れ得るような甚大な影響を及ぼす事態をクリティカルイベントと定義する。
中国の地政学的動向によるクリティカルイベントとして、「中国企業との技術競争激化」「中国生産の素材の調達難」「生産拠点の操業停止」「中国企業への販売制限」の4つを想定する。
「中国企業との技術競争激化」とは、中国企業の急速な技術的キャッチアップにより自社の製品の価格・技術的競争性が失われる事態だ。ミドル・ローエンド製品の価格競争激化や、ハイエンド製品など先端技術領域での中国企業との開発スピード競争などが生じ得る。中国は2015年「中国製造2025」を発表し国策として対象国内企業の技術革新の後押しをしていることが、日本企業にとっては脅威となると言える。
「中国生産の素材の調達難」は中国に依存した資源の供給が絶たれサプライチェーンが寸断される事態だ。シリコンやレアメタルなど中国が主産地になっている素材が対象となり得る。
「生産拠点の操業停止」は中国国内の後工程を中心とした生産拠点や、台湾の前工程などの生産機能が止まり、サプライチェーンが寸断される事態だ。
「中国企業への販売制限」は販売の制約によりサプライチェーンが寸断される事態だ。米国のIP(Intellectual Property:知的所有権)規制・技術流出防止措置では、米国IPが含まれる製造装置が米国から中国へ販売できないのみならず、域外適用により例えばオランダASMLが中国へ半導体製造装置を売れないといった事態も生じている。
(2) 3つのシナリオ
本稿ではクリティカルイベントに至るシナリオとして「台湾有事」「米中デカップリング」「中国産業振興策」の3つを評価する。
「台湾有事」のシナリオでは、各国が軍備増強などに努める侵攻以前の抑止段階が、武力侵攻により台湾制圧または戦線が泥沼化し長期化するような軍事侵攻段階に発展する可能性は低いと評価している。軍事侵攻段階に至るには「偶発的(可能性が低い)」衝突が重なる必要があること、台湾の背後の米国との衝突によるコストが大きいこと、ウクライナ危機を踏まえ西側連合の支援を押し切る難しさが分かったこと等が理由として挙げられる。このため、中国による台湾企業接収による「中国企業との技術競争激化」や戦争による被害で「生産拠点の操業停止」といったクリティカルイベントに発展する可能性は低いと見る。一方で、米中双方の抑止力向上の観点での経済制裁は、次項の「米中デカップリング」に発展し得る。
「米中デカップリング」のシナリオでは、中国主導で「中国生産の素材の調達難」のクリティカルイベントに発展する可能性は低いと見る。例えば中国がレアアースの供給を止めると、米国産製品が生産困難になることで、中国が調達できなくなり、中国の国内経済に大きな影響を与えてしまうからである。米国と同水準の製品を中国国内で生産できる技術を得ない限りはこうしたアクションに踏み切らないとみられる。一方で、米国主導の経済制裁は現在進行形であり、米国IPを含む製造装置の対中輸出規制による中国「生産拠点の操業停止」や、経済制裁による「中国企業への販売制限」等のクリティカルイベントは十分生じ得る。
「中国産業振興策」のシナリオでは、中国が例えば半導体産業を重点産業として指定すると、政府が補助金など予算を用意し、それを狙って中国企業の技術力向上がスピードアップした結果、「中国企業との技術競争激化」や、重点産業の重要資源である戦略的物資を中国企業に優先供給することで、日本および諸外国への「中国生産の素材の調達難」といったクリティカルイベントが生じ得る。
(3) 半導体サプライチェーン企業の事例
では、半導体サプライチェーンに大きな影響を受ける日本企業はどのように対応をしていくべきだろうか。サプライチェーンにおけるプレイヤー、なかでもリーダー的存在の企業の事例および対策を紹介しながら、示唆を探していく。
サプライチェーン全体で俯瞰してみると、IDM(Integrated Device Manufacturer)・ファウンドリの動きに素材、装置・テスター、ユーザーの半導体サプライチェーン企業は追随する形となっている。これは、生産面ではIDMおよびファウンドリが半導体サプライチェーンのコアとなるためであり、彼らが米中両にらみで継続投資を行っているため、彼らを納品先とする素材メーカーもそれに合わせて米中両国への投資を行わざるを得ないことが背景となる。販売面でいうと、米国が近年力を入れる中国企業への輸出制限に対しては規制を遵守しつつ、中国市場を引き続き重視する動きになっており、こちらもIDM・ファウンドリの動きに追随する形と言えるだろう。総じてIDM・ファウンドリは「台湾有事」リスクや「米中デカップリング」を見据えて、サプライチェーンの維持を第一義として生産拠点の保全に取り組んでおり、これまで一極集中させてきた生産拠点を分散させる傾向にあると言える。TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)は本社の所在する台湾以外では中国に工場を構えていたが、近年になり米国や報道のとおり日本にも生産拠点を拡大してきた。分散先の選択にあたっては政府補助などさまざまなファクターがあるが、販売先との近接性も重視されているであろう。
具体例として、IDMであるサムスン電子の事例を深掘りしていきたい。中国企業との技術競争激化の観点では、高度人材に高額な奨励金を支給している。また、調達面ではコバルト調達の二重化のため、コンゴ民主共和国(コンゴ)と供給契約を交渉しているとの報道もある。生産面でも同様の複線化を図っており、ベトナム北部などに製造工程の他国分散を進めている。一方で、市場としての中国は引き続き有望視しており、ファーウェイ(華為技術)傘下といえども、エンティティリストに記載された企業でなければ取引を継続し、現実的な対応をしている。
(4)地政学イベントと企業のサプライチェーンをつなぐシナリオプランニング
ちまたにあふれる地政学リスク情報に接し、自社への影響を正確に評価し、大量の情報の中で優劣を付けて情報収集し、企業の利益に悪影響を及ぼす可能性のあるクリティカルイベントを把握する。そのうえでシナリオ化し対策を講じることを半導体業界の例を取り上げて説明をしてきた。こうした一連の流れ、シナリオプランニングについて説明していく。
シナリオを描く手法としては、企業にとって致命的な影響を及ぼすクリティカルイベントを特定し、クリティカルイベントから遡って地政学的予兆イベントにたどり着くやり方がある。クリティカルイベントと地政学的予兆イベントの間には、いくつかの産業的予兆イベントが挟まることもあるだろう。図表5にあるように、個別のイベントをXXXXに入れて並べ替え、企業にとっての影響シナリオを図式化してみる。こうすることで、「何を見ておくべきか」「何をコントロールすべきか」が、判断できる可能性がある。さらに、シナリオによる自社への影響度を勘案し、クリティカルイベントを起点に対策案を検討し、実装を進めることも可能となる。
(出所)当社作成
シナリオプランニングを実践した日系企業のケースとして、製造と販売のかなりの部分を中国で運営する半導体ユーザー企業の事例を挙げる。中国を中心としたサプライチェーンのリスクを抱えるこのメーカーは、エネルギー・労働力資源不足、国交関係悪化による名指し規制などにより、在中生産拠点の操業ができなくなることを懸念していた。そこでシナリオプランニング(競合企業へのヒアリングも含む)を行った結果、米国由来のIPを使用した製造装置・ソフトウェアの中国国内使用規制によって、致命的な影響をもたらすことが洗い出された。また、同様の使用規制が、中国企業への販売にも影響を与えることが分ったため、モニタリングや対策立案などの手立てを該当シナリオに対して重点的に講じていくことにした。
3.まとめ
中国に限らず、特にアジア地域等において事業展開している企業は、地政学リスクを深刻な問題として認識している。だが、セミナーのアンケート結果やセミナー参加者の話を聞く限りでは、目の前にある現実として捉えられている企業は、まだまだ少ないように感じられた。これらの事象を具体的に企業戦略と結びつけるには、数種類の道筋があるが、経営における論点と組み合わせることで個々の企業に合う経路の検討が可能であろう。
高まる対立に伴う「米中デカップリング」の進展は、半導体サプライチェーン企業の経営に2つの影響を与える。
1つ目は、企業は、米国、中国の両国における経済圏に適合できる体制を整備し、原材料の調達や在庫確保などを円滑にするため、サプライチェーンを複線化する必要がある。経済合理性を後回しにすることから事業コストは増加するが、自社におけるグローバル事業を守るための必要経費として捉えたい。
2つ目は、米国が取引禁止としている企業との取引が継続できなくなる。だが、これを逆手に取れば、禁止されていない中国企業との取引は継続できる。さらに、これまで以上に拡大していくことも可能であり、事業の成長には不可欠な戦略となり得る。国家からの規制については公表される情報を収集しつつも、広く競合他社の見解や運用実態を把握することで、自社事業収益を必要以上に棄損しない判断が可能となる。
緊張感が高まる米中対立を背景に、半導体サプライチェーンに属する企業の事業経営は、不確実性との向き合い方を洗練させることが不可欠となってきている。本稿で論じてきたように、深刻化しそうなリスクに備え、自社の事業に致命的な影響を及ぼすであろうサプライチェーン等におけるリスク要因の洗い出しと、それに対応可能なシナリオプランニングの実践をお勧めする。戦略の立案はもちろん、対策に係るコスト増についても株主や金融機関等のステークホルダーに正しく説明できることが、グローバルに展開する企業に求められる姿勢だと言えよう。
※本稿は、三菱UFJ銀行が発行する「MUFG BK 中国月報2023年2月号」からの転載です。
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