【要旨】
■合成コントロール法を用いた地域政策の効果検証
○地域政策の精緻な効果検証を行うためには、その政策を行っていなかった場合に当該地域がどのようになっていたのかを推論する必要がある。しかし、ある一地域でしか行っていないような政策の場合、比較対象となる類似地域を見つけ出すことが難しいなどの要因から、効果の検証は簡単ではない。
○上記の課題に対し、本稿では、仮に当該地域が政策を行っていた場合にどうなっていたのかを、他地域のデータを合成(加重平均)することによって仮想的な値を推計し把握する手法である合成コントロール法(Synthetic Control Method)を用いて、高校魅力化の社会・経済効果の推計を行っている。
■隠岐島前高校をケースとした高校魅力化の社会・経済効果の分析
○上記で説明した合成コントロール法を用いて、高校魅力化の取り組みを10年以上にわたり実践している、島根県立隠岐島前高等学校をケースとして、社会・経済効果の分析を行った。
○分析の結果、隠岐島前高校周辺の3町村(西ノ島町、海士町、知夫村)において、高校魅力化により地域の総人口は5%超増加(2017年)したという結果が得られた。また、高校魅力化により地域の消費額は、3億円程度増加(2017年)し、歳入も1.5億円程度増加(同)したという推計結果が得られた。
○高校魅力化に対する町村の財政負担を加味すると、財政効果として、年間3,000~4,000万円程度のプラス効果が見いだされる。
■島根中央高校をケースとした高校魅力化の社会・経済効果の分析(簡易な方法による推計)
○あわせて、高校魅力化による合成コントロール法を用いない簡易な推計方法により、島根中央高校(島根県川本町)をケースとして、高校魅力化の社会・経済効果の推計を行った。
○その結果、足元の2018年では全体で年間3,000万円程度の消費増加効果、また財政に対しても同様に年間3,000万円程の効果があると推計される(ただし魅力化に伴う自治体の支出増加は加味していない値)。
○簡易な方法による分析については、高校魅力化に取り組んでいる、または今後取り組もうと考えている地域、高校にとって、その効果を推計、試算する際のフレームワークとして容易に援用可能である。高校魅力化の政策判断のひとつの材料としても活用いただきたい。
1.はじめに
近年、主として人口減少を課題として抱える地域において、そこに立地する「高校」に対する注目が高まっている。地域にとって、人口の流出入という観点から高校を捉えると、そこは地域「内」(内外の定義は様々想定されるが、ここでは市区町村を区域としてイメージすると分かりやすいと思われる)の中学生を同地域に留まらせ、かつ、「外」からの進学者を地域に招き入れるための契機となりうる。あるいは、高校の卒業時点。高校時代をその地域で過ごしたという経験や思いが、その地域に就職しようという進路選択や、大学進学等で地域を離れたとしても、愛着をもってその地域にその後も関わり続ける行為を促すことになるかもしれない。高校が、地域にとって若者の流出入を左右する、また将来的に地域を担う人材の確保を左右する重要な要因となっているという認識は、ここ数年で非常に高まっている。
例えば、「まち・ひと・しごと創生基本方針2019」(令和元年6月21日閣議決定)では、「高等学校等において、地域への課題意識や貢献意識を持ち、将来、地域ならではの新しい価値を創造し、地域を支えることのできる人材等を育成するため、地域課題の解決等を通じた探究的な学びを実現する取組を推進する。また、その実現のため、地域と高等学校の協働によるコンソーシアムの構築や、中間支援組織に対する支援、地域と高等学校をつなぐコーディネーターの育成など、地域との協働による高等学校改革を総合的に推進する」という文言が盛り込まれた。教育機関たる高校にとっては、生徒の学び、育ちが第一の目的であることは言うまでもないことであるが、こうした高校における学びの充実(質的向上)という方向性と、地方創生という方向性が軌を一にして認識されるようになったことが、近年の大きな流れであると思われる。そして、こうした動きに歩調をそろえる形で、様々な都道府県、市区町村において、地域との協働によって魅力ある高校づくりを政策的に推進しようとする動きがみられている。中でも特徴的なのが、都道府県立高校に対し、その高校が立地している市区町村が、支援のための予算化、事業化を図っているような例であり、ここにはまさに、地域政策としての教育への期待の現れを顕著に見てとることができる。
さて、政策的には、こうした魅力ある高校づくりが地域に及ぼす効果を精緻に検証して政策改善に活かしていくことは非常に重要であるが、地域政策の効果を検証することは決して簡単ではない。よく使われる分析手法は「前後比較」である。これは政策を行う前後の地域の状況を比較することで政策効果を明らかにする手法だが、地域政策の場合、前後比較によって政策効果を推定することは難しい。なぜなら地域にはさまざまなトレンドや外部要因が影響を与えているからである。例えば、人口増加政策を行った結果、政策実施前と比較して人口が増加していたとしても、もともとトレンドとして人口が増えていたのであれば、政策の効果によって人口が増加したのか、単なるトレンドなのかを判別することはできなくなってしまう。そのため、地域政策の精緻な効果検証を行うためには、その政策を行っていなかった場合に当該地域がどのようになっていたのかを推論する必要がある。具体的には、当該政策を行っている地域と行っていない地域を比較分析することによって、政策の効果を推定することがオーソドックスな手法である。しかしながらある一地域でしか行っていないような政策の場合、効果の検証は簡単ではない。第一に統計的な分析を行うためには、その政策を行っている複数の地域の状況を観察することによって政策効果を明らかにするが、一地域でしか行われていない政策の場合は、その地域の状況が政策によって改善したのか、もともとその地域の状況が良かったのかを判別することができない。第二に、政策の効果を分析するためには、当該政策を行っていない類似地域との比較分析が必要となるが、当該地域の特殊性が高い場合は類似地域を見つけ出すことは難しい。しかしながら近年、Abadie and Gardeazabal(2003)が開発し、Abadie et al.(2010)やAbadie et al.(2015)が発展させた合成コントロール法(Synthetic Control Method)と呼ばれる手法が地域政策の分析に活用されるようになってきた。合成コントロール法とは、仮に当該地域が政策を行っていた場合にどうなっていたのかを、他地域のデータを合成することによって把握する手法である。合成コントロール法のメリットは、政策の対象地域が1つであったとしても効果検証が可能な点である。本稿では、島根県立隠岐島前高校(島根県海士町)をケースとして、高校魅力化の社会・経済効果を合成コントロール法によって推計する。また島根県川本町・島根県立島根中央高校(島根県川本町)の高校魅力化の社会・経済効果を、合成コントロール法は用いない簡易な方法によって推計する。・・・(続きは全文紹介をご覧ください。)
島根県の高校魅力化の社会・経済効果の分析 本稿の作成にあたって立教大学 安藤道人准教授から多くのご助言を頂いた。またデータ収集にあたっては、隠岐島前高校学校経営補佐官の大野佳祐氏をはじめ、海士町の皆様や川本町の皆様にご協力いただいた。記して感謝申し上げたい。もちろん、本稿に残る誤りはすべて筆者らの責に帰するものである。
※(2020年1月15日訂正)レポート巻末「参考文献」に一部誤りがあったため訂正し、ファイルを差し替えました。
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