農林水産物・食品の多品目輸出促進に向けた先進事例調査~イタリアのエミリア・ロマーニャ州における取り組みの実態把握~

2024/09/25 江岸 伸
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農林水産物・食品の輸出拡大の必要性

従来、日本の農林水産業・食品産業は、国内で生産した多くの産品を国内で消費する国内市場依存型の構造であった。そこには、日本が1億2千万人の巨大な国内市場を有する背景があったが、今日では、人口減少による国内市場の縮小が確実視される中、海外需要を輸出で取り込む構造への転換が必須となっている。我が国の農林水産物・食品の輸出額は2021年に1兆円を突破したが、政府はさらに2025年までに2兆円、2030年までに5兆円の輸出額目標を設定した[ 1 ]。2023年の農林水産物・食品の輸出額は過去最高の1兆3,581億円[ 2 ]を記録したが、日本政府は目標達成を目指して官民一体によるさらなる取り組み強化を進めている。

図表1 左:諸外国の主要農産物・食品の輸出割合(2019年)、
右:農産物等輸出額の上位国および日本の推移(1970~2022年)
左:諸外国の主要農産物・食品の輸出割合(2019年)、右:農産物等輸出額の上位国および日本の推移(1970~2022年)
(注)左表の生産額と輸出額は農産物・食品製造業(含水産業)・木材産業の合計値、右グラフの輸出額は農産物・食品製造業の合計値(水産業・木材産業は除く)である。
(出所)左表:農林水産省「令和6年度農林水産業ひと口メモ」(2024年9月)、41頁表を一部加工、 https://www.maff.go.jp/j/kanbo/hitokuchi_memo/attach/pdf/index-70.pdf(2024年9月6日最終アクセス)。右:FAOSTATをもとに当社作成

農林水産物・食品の輸出振興は、市場確保を通じた生産力/農地資源の維持に不可欠であるのみならず、食料安全保障の確立を目指す観点からも重要である。つまり、平時に輸出を通じて国内生産力の維持・強化できれば、食料危機が生じて国外からの輸入が途絶しても、平時における輸出分を国内消費に振り向けることができるためである。逆に今、輸出振興に取り組まず、国内生産力の緩やかな減少を座して待つだけであれば、食料有事に際して危機の度合いは大きくなるといえよう。このように、農林水産物・食品の輸出拡大は生産者だけではなく、日本国民全体にとっても重要な政策課題となっている。他方、農家やメーカーが輸出業務に取り組むか否かは行政が強制するものではなく、最終的には民間側が決めるものである。輸出業務では、輸入国が定めたさまざまなルールを理解するとともに煩雑な貿易手続きに習熟する必要が生じるため、特に人手が少ない中小メーカーや高齢の生産者にとって参入障壁は決して低くはない。そのため、輸出に取り組む生産者/地域を後押しするには、参入コストを上回るメリットを示すことが重要となる。輸出の主な目的が新市場の創出であることは間違いないが、旗振り役である日本政府は今後、個々の生産者の売上・所得向上といったそれ以外の効果も併せて示していく必要がある。

日本の輸出戦略は、高品質・安全なイメージの日本産ブランドを生かした、輸出拡大余地が大きい29品目[ 3 ]への政策資源の重点投入を基本線としている。その上で、今後、日本が輸出拡大を中長期的に進めていくにあたり、ベンチマークとなる輸出先進国はどこかと考えた時、日本と同様に多品目の輸出強化に注力して成功したイタリアが挙げられる。イタリアは2022年に農産物等輸出額が約611億米ドルに達した世界9位の輸出先進国であり、2000年代からは中核30品目[ 4 ]を“Made in Italy”に設定、輸出重点対象として、輸出額を大きく増加させてきた実績を持つ。イタリアの輸出は地理的多様性と自治の強い社会を背景に生産地の特色を反映した多品目の付加価値を生かしたものである。生産者と加工業者が連携して、大規模メーカーは大型小売店のネットワークを活用して商品を展開し、中小規模メーカーはニッチな市場・専門性の高い流通経路を開拓して製品を展開していると指摘される[ 5 ]。また、イタリアは他のEU加盟国に比べてEU域外輸出の割合が高く、EU以外の新市場を積極的に開拓してきた。2020年時のイタリアのEU域外への輸出割合は45%で、同じEUの輸出先進国であるオランダ(31%)やドイツ(29%)よりも高い[ 6 ]。

したがって、日本が今後、さらなる農林水産物・食品の輸出拡大を目指すにあたって、先行国イタリアにおける輸出取り組みの実態把握は有意な示唆を与えてくれることが期待される。そこで筆者は2023年度に自主調査を実施し、同国でも特に輸出額の大きなエミリア・ロマーニャ州の取り組みについて詳細把握を試みた。調査手法は文献調査に加えて、現地関係者への聞き取り調査[ 7 ]を実施した。インタビュー対象は州政府輸出担当部局、地域協同組合、品目団体、生産者等まで多岐にわたる。質問項目は、現地における輸出振興施策、海外での販路拡大・イタリア食文化の普及等の取り組み、輸出のメリット、輸出拡大に至る課題等で、本レポートではこれらの回答も踏まえて実態を整理した。

続きは全文紹介をご覧ください。


1 ]農林水産省「農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略(令和2年12月)」、https://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/progress/attach/pdf/index-11.pdf(2024年9月3日最終アクセス)。
2 ]農林水産省「農林水産物輸出入概況 2023年(令和5年)」(2024年4月)、 https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/kokusai/pdf/yusyutu_gaikyo_23.pdf (2024年9月3日最終アクセス)。
3 ]農林水産省「農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略(令和5年12月改訂)」で示される29品目は右のとおり:牛肉、豚肉、鶏肉、鶏卵、牛乳乳製品、果樹(りんご)、果樹(ぶどう)、果樹(もも)、果樹(かんきつ)、果樹(かき・かき加工品)、野菜(いちご)、野菜(かんしょ等)、切り花、茶、コメ・パックご飯・米粉及び米粉製品、製材、合板、ぶり、たい、ホタテ貝、真珠、錦鯉、清涼飲料水、菓子、ソース混合調味料、味噌・醤油、清酒(日本酒)、ウイスキー、本格焼酎・泡盛。https://www.maff.go.jp/j/shokusan/export/progress/attach/pdf/index-34.pdf(2024年9月3日最終アクセス)。
4 ]De Filippis F., Canali G., Carbone A., Finizia A., Henke R., Pozzolo A. F., et al. (2012), “L’agroalimentare italiano nel commercio mondiale,” Specializzazione, competitività e dinamiche. ROMA: Edizioni Tellus. で示される30品目は右のとおり:フレッシュミルクチーズ、粉チーズ、ブルーチーズ、その他チーズ、生鮮トマト、生鮮野菜、ぶどう、りんご・キウイ・洋ナシ、加工コーヒー、精米、バージン・オリーブオイル、ノンバージン・オリーブオイル、ブレンド・オリーブオイル、食肉加工品、チョコレート・チョコレート製品、卵パスタ、パスタ、菓子類、ベーカリー、皮むきトマト・缶詰、加工・調理野菜、加工果物、果物ジュース、ソース・調味料類、アイスクリーム、水、スパークリングワイン、ワイン(2L未満)、ワイン(2L以上)、ベルモット。
5 ]農林水産省「令和3年度中長期的な海外展開戦略構築に関する海外事例調査委託事業 調査報告書」(2020年3月)、p.65。https://www.maff.go.jp/j/budget/yosan_kansi/sikkou/tokutei_keihi/seika_R03/attach/pdf/itaku_R03_ippan-323.pdf(2024年9月3日最終アクセス)。
6 ]FAOSTATより当社算出。
7 ]当初は現地調査を予定していたが、2023年5月にエミリア・ロマーニャ州で大規模な水害が発生したため、インタビューはオンラインで実施した。

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