口腔ケアが健康のカギを握る(From Oral to Overall Health)~口腔ケア・データを通じた全身疾患モニタリングおよび未病・予防対策に向けて~
概要
歯周病等の口腔疾患と、全身疾患との関連性が徐々に明らかになる中、口腔ケアを従来の治療アプローチから、口腔および全身疾患の予防・未病アプローチへと捉え直す動きが活発になってきている。本レポートでは、口腔ケアを取り巻く日本の現状を再整理するほか、介護施設入居者および介護者各100名を対象に実施したアンケート調査結果を基に、介護施設に入居する高齢者の口腔状態および口腔ケアの実態と課題について報告する。また、これら課題の解決策になり得るであろう「テクノロジーを活用した新たな口腔ケア製品・サービス」を紹介する。今後、う歯や歯周病、オーラルフレイル予防としての口腔ケアに留まらず、全身疾患のモニタリングや未病・予防対策としての口腔ケアが一層注目を集めると期待される(From Oral to Overall Health)。
1. はじめに
わが国の歯科口腔保健は、「8020運動」や「歯科口腔保健の推進に関する法律」等により、大幅な改善が図られてきた。近年では、口腔と全身の関連性に関するエビデンスが蓄積され、良好な口腔状態を保つことで全身の健康も改善しようという新たな潮流がみられるようになっている。政府も国民皆歯科健診の導入検討を「骨太の方針2022」に盛り込む等[1]、ヘルスケア文脈における口腔ケアの存在感が高まっている。
しかしながら、従来通りの口腔ケアでは解決できない新たな歯科口腔課題も顕在化してきている。たとえば高齢者の残存歯数が増加した一方で、歯周病の増加やオーラルフレイルといった問題が注目されるようになった[2]。また、高齢化が進むわが国では、口腔ケアを必要とする介護施設入居者が増加する一方で、介護提供側の口腔ケア提供体制の不十分さも指摘されている[3]。
本稿では、まず歯科口腔保健分野における政策動向等を概観しながら、近年注目されている口腔と全身の関連性、国民皆歯科健診導入により起こり得る変化に触れる。次に、2022年8月~9月に当社が実施した介護施設入居者および介護者各100名を対象としたアンケート調査結果を基に、介護施設における歯科口腔保健の実態と課題・ニーズを報告する。最後に、これらの課題解決に資する新たな口腔ケア製品やサービスを紹介したい。
2.口腔ケアを取り巻く日本の現状
(1)歯科口腔保健分野における政策動向等
1989年、厚生省(当時)と日本歯科医師会が連携し、「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」という「8020運動」が開始された。この運動により、わが国では小学校教育から歯科口腔の意識が徐々に変化してきたと報告されている。2000年に制定された「健康日本21」[4]では、生活習慣病対策における重要課題である栄養・食生活、たばこ、アルコール等の中に「歯の健康」が組み込まれた。2011年には初の歯科単独法である「歯科口腔保健の推進に関する法律」[5]が制定され、健康施策における口腔保健の重要性が確固たるものとなった。2013年の「第二次健康日本21」では、健康長寿の実現を目指すべく、従来のう歯予防に加えて歯周病や口腔機能維持が追加された。また、団塊の世代が75歳以上となる2025年に向けた地域包括ケアシステム構築が進められる中で、「オーラルフレイル」という新たな問題提起と、具体的な予防方法のひとつとして「かかりつけ歯科医」が奨励されるようになった。直近では「2040年を見据えた歯科ビジョン」[6]により、超高齢社会における歯科医療の新たな役割が提示されている。
【図表1】歯科口腔保健分野における政策動向等
年 | 取り組みおよび主要な出来事 |
---|---|
1989年 | 8020運動開始 |
1994年 | 診療報酬改正により歯科訪問診療導入 |
2000年 | 健康日本21が制定され2010年を目指す健康づくり運動の課題に「歯の健康」が組み込まれる。介護保険制度開始 |
2006年 | 介護保険制度改定の予防給付の中に「口腔機能向上」を設定 |
2008年 | 在宅歯科診療制度開始 |
2011年 | 初の歯科単独法「歯科口腔保健の推進に関する法律」(歯科口腔保健法) が制定され、歯科口腔保健に関する施策の推進を通じて国民保健の向上に寄与することを目標に掲げる |
2012年 | 「周術期口腔機能管理加算」新設。周術期における口腔機能管理の医科・歯科連携を推進 |
2013年 | 第二次健康日本21運動が開始。全身との関わりにおいて歯周病予防や口腔保健の推進に積極的に取り組む |
2014年 | 診療報酬改定:在宅歯科医療、歯科医療機関連携、周術期口腔機能管理の診療報酬が充実 |
2015年 | 2025年に向けた「地域包括ケアシステム」構築への基本的な考え方と対応が示される。 この頃から徐々に「オーラルフレイル」や「かかりつけ歯科医」等のワードが注目される |
2016年 | 診療ガイドライン「歯周病と全身の健康」発行。歯周病学の研究・医療・教育のグローバルスタンダードを目指す |
2017年 | 「歯科保健医療ビジョン」発行。高齢化や歯科保健医療の需要変化を踏まえ、これからの歯科保健医療の提供体制と歯科医療従事者等が目指すべき姿を提言 |
2018年 | 介護報酬改定:口腔衛生管理体制加算において居住系サービスが加算対象へ。口腔衛生管理加算の見直しも実施 |
2020年 | 「2040年を見据えた歯科ビジョン」発行。高齢化や人口減少、新技術への対応を踏まえた取り組み重点事項を整理 |
2021年 | 介護報酬改定:「口腔衛生管理体制加算」が廃止。「口腔衛生管理加算」に新しい評価区分(Ⅰ)(Ⅱ)を新設 |
(出所)公表資料等により当社作成
(2)口腔状態と全身疾患の関係性
近年、口腔状態と全身疾患の関連性に関する研究は徐々に蓄積されてきており、歯垢や唾液、舌苔等が主な口腔データとして取り扱われている。特に歯周病は人類史上最も多い感染症とされており、エビデンスレベルは異なるものの動脈硬化、糖尿病、虚血性心疾患、リウマチ、認知症、早産・低体重児出産等との関連や発生メカニズムも報告されている(図表2)[7]。
口腔ケアと誤嚥性肺炎予防に関しても多くの研究がみられ、最近では適切な口腔ケア導入により入院日数が大幅に減少したという報告もある。この報告によると、ある介護施設(定員69名)において、適切な口腔ケア介入を行ったところ、介護施設入居者の不要な入院日数が減少し施設滞在期間が増加、年間約4,250万円の入院医療費削減と1,200万円の介護施設収入増加につながったとされている[8]。わが国で増大する医療費の抑制や、介護施設の収益増加による介護者の処遇向上、労働環境の改善に寄与し得る結果として注目されている。また、「オーラルフレイル」という新たな概念の認知も高まっている。オーラルフレイルは「老化によるさまざまな口腔状態の変化に伴い口腔の脆弱性の増加と口腔健康の関心低下が起こり、徐々にフレイル(全身機能低下)へ進展する一連の現象および過程」を指す。オーラルフレイルは、フレイルや要介護状態に陥るリスクや総死亡リスクを増加させると言われており、健康寿命延伸や社会参加を通じた高齢者のQuality Of Life(QOL)やウェルビーイング向上を目指すために、これを予防することが一層重要になる。さらに、口腔内細菌の嚥下によって腸内フローラが乱れ、全身状態に影響を及ぼす「口‐腸連環」という考え方にも注目が集まっている。2000年半ばに登場した次世代シークエンサーにより口腔内細菌叢を包括的に解析できるメタゲノム解析が可能になったことで、この動きがより活発化してきている。現在、東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)が、口腔内微生物叢に関する大規模研究を実施している[9]。唾液分析による全身状態把握は従来から注目されていたが、採血等に代替されることはなく研究や医療機関レベルでの限定的な活用に留まっていた。しかし、新型コロナウイルス感染症の影響で唾液を使ったPCR検査が普及し、一挙に市民権を獲得するなど大きな社会変化が見て取れる。弘前大学の岩木健診増進プロジェクトでは、すでに多項目唾液検査システムの実証実験が行われており、ポストコロナ/ウィズコロナ時代の検査手法として、唾液検査の位置づけが見直される方向にあると言える[10]。
(3)国民皆歯科健診制度
図表3に示す通り、現状、成人以降の歯科健診は努力義務とされている。このような中、「国民皆歯科健診制度」が新たに検討されている。国民皆歯科健診制度とは、全国民が生涯にわたり歯科健診を受ける制度であり、この新制度を導入することで、口腔の健康維持を通じた全身疾患予防による健康寿命延伸と医療費削減が期待されている。同様の議論はこれまでもあったが「骨太の方針2022」に初めて名称が盛り込まれたことで制度導入が現実味を帯びてきた。政府は具体的な導入時期を明言していないものの、日本歯科医師会会長は3~5年後の導入が目途と発言している[11]。同方針には「全身と口腔の健康に関する科学的根拠の集積と国民への適切な情報提供」の文言も明記されており[1]、歯科口腔保健に関する政策的関心が急速に高まっていることが伺える。
以下では、国民皆歯科健診制度の導入によって起こり得る歯科口腔保健を取り巻く状況の変化について2点共有したい。
① 口腔ケア意識の向上と予防歯科ニーズの多様化による歯科医院の機能・役割の変化
国民皆歯科健診が制度化されると、これまで歯科健診義務がなかった成人期以降の歯科受診者の増加や口腔機能の維持・向上等のより包括的な口腔に関する相談・ケア、およびその提供方法の多様化が起こるものと予想される。そして、そのような新たな変化に対して、歯科医師偏在や歯科衛生士の人材確保といった既存の歯科業界の課題に向き合いながらも、柔軟に対応していく歯科医院の需要が高まるのではないか。特にオンライン診療、口腔データの利活用を通じた効果的・効率的な診療体制の確立、スタッフの就業環境・労働条件の改善が肝となる。
また、要介護者数がピークを迎えるとされる2040年頃には、在宅や施設での訪問歯科診療が現在よりも一般的になることが予想される。2017年時点、訪問診療を提供する歯科医院の割合は、在宅向けが14.6%、施設向けが15.0%に留まるが、高齢化と国民ニーズの変化を受けて、訪問診療体制を組み込む歯科医院数は増加するであろう[12]。また、現在の訪問診療は利用者やその家族らの要望が起点となっているが、今後は介護施設等からの依頼・紹介も増加するだろう[12]。歯科医院は介護施設や訪問看護ステーションと密に連携しネットワークを構築しておくことが重要になり、国もそのような動きを推進するプラットフォームや患者情報を共有できる体制整備を整えることになっていくと想定される。また歯科訪問診療を行うための施設基準の届け出により、算定できる加算の種類や診療料に大きな違いが出る。健全で強固な経営基盤を確立するためにも、将来トレンドを踏まえた体制整備に着手していくことも肝要である。さらに歯科診療を通じて全身疾患の予兆を捉える技術/サービスの提供が可能な歯科医院の価値も高まるだろう。昨今では医科歯科連携加算である診療情報連携共有料や診療情報提供料(Ⅰ)等が新設され、これらを適切に算定していく動きも重要である[13]。
② 医療業界全体に対する質の高い口腔ケア実践への期待
国民皆歯科健診導入によって社会全体が質の高い口腔ケアを求める方向にシフトしていく中で、病院や介護施設に対する口腔ケアに関する支援の期待がより高まるだろう。実際に、2021年の介護報酬改定により従来の口腔ケア(口腔清掃等)を超え、摂食・嚥下機能の維持・向上、摂食支援等の要素を取り込んだ口腔健康管理が求められるようになった[14]。しかしながら、歯科専門家以外の医療介護従事者が十分に質の高い口腔ケアを提供できていないのが現状である。高齢化がさらに進展する日本では、介護施設や在宅における口腔ケア提供が必要な高齢者の増大も見込まれる。しかし、看護・介護分野の深刻な人材不足はかねてより問題視されており、年々増加する業務負荷により口腔ケアやアセスメントへの十分な時間確保も困難である。特に介護施設では、歯科医師や歯科衛生士等の歯科専門家が常駐配備されておらず、看護師や介護職員のみでは必要に応じて歯科専門家につなげることもハードルが高い。これらの課題に対応できるように医科歯科連携をさらに強化していくだけでなく、これらの解決に資する新たなソリューションやシステム開発への取組が求められる方向に進むだろう。
3.介護施設入居者における口腔ケアの現状と課題
今回、当社では、口腔ケアの現状と課題を明らかにすることを目的に介護施設入居者100名、介護者100名にアンケート調査を実施した。以下に調査結果を示す。アンケート調査の実施概要詳細に関しては文末を参照されたい。
(1)介護施設入居者の口腔状態や口腔ケアに関する課題・悩み
アンケート調査に回答いただいた介護施設入居者は100名(要介護認定者の男女各50名、年齢中央値は66.0歳)。入居施設の種類としては介護老人保健施設、特別養護老人ホーム、介護付き有料老人ホームの順に多かった。
本アンケート調査では、51.0%の介護施設入居者が口腔内の健康状態が「悪い」・「やや悪い」と回答した(図表4)。具体的な口腔課題としては、「歯周病」(32.0%)、「歯の欠落」(29.0%)、「虫歯」(26.0%)等があげられた。また「口臭」(23.0%)や「ものが食べづらい」(16.0%)、「乾燥」(13.0%)、「口の開閉や噛む動作に伴う痛み」(3.0%)等のオーラルフレイルに関連する課題もみられた(図表5)。歯科医師/歯科衛生士から年1回以上検診を受けている入居者は72.0%であった(図表6)。他の調査と比較すると、一般の同年齢層の回答は約50.9~57.0%であり、本調査対象は介護施設に入居していることから検診頻度が高い層であると想定される[15]。それにも関わらず口腔課題を抱えている者の割合が高いことが明らかとなった。また口の健康状態が自身のQOLに影響を与えると認識する入居者は85.0%と高かった(図表7)。歯磨き時の課題としては、「歯磨きが面倒くさい」(28.1%)、「歯磨きに自信がない/うまく磨けない」(20.2%)、「時間がかかる」(19.1%)等があげられた(図表8)。歯磨き介助を受ける際の課題では、「痛みや不快感がある」(52.9%)、「時間がかかる」(41.2%)、「うまく磨けていない部位や磨き残しがある」(29.4%)等があげられた(図表9)。
介護施設入居者の多くは、一般層に比べ検診頻度が高く、口の健康は全身の健康に影響を及ぼすことを認識してはいるものの、半数がなんらかの口腔課題を抱えていた。自身で歯磨きを行えている入居者は、うまく磨けていないという感覚に加え、歯磨きに心理的、身体的負荷を抱えていることも明らかとなった。また口腔ケア介助を受けている入居者は、約半数が痛み、不快感、磨き残しといった「介護者側のスキル不足に起因する問題」に悩まされつつも、ケア提供者に対して「申し訳なく感じる」といった心理的な負荷を感じていることも浮き彫りとなった。
(2)介護者による口腔ケア提供の現状・課題
次に、介護施設で働く介護者100名(男女各50名、20代~50代各25名)のアンケート調査結果を紹介する。回答者の72.0%が介護福祉士であり、働いている介護施設の種類は、特別養護老人ホーム、グループホーム、介護老人保健施設の順に多かった。
本アンケート結果によると、介護施設入居者の口腔衛生状態がQOLに影響を与えていると考える介護者が、全体の88.0%に及ぶことが分かった(図表10)。介護者自身が感じている口腔ケア提供の課題としては、「時間がかかる」、「介護者によって質が異なる」、「多忙で時間や質が担保できない」等が挙げられた(図表11)。介護者ひとり当たりが担当する口腔ケア時間は、1回の食事に対して計32.5分(介護施設入居者ひとり当たり5分×6.5人、中央値で計算、図表未掲載)であることも分かった。一方、日々多くの時間をかけて口腔ケアを行っているものの、介護者の71.0%が口腔ケア介助のスキルを学ぶ機会が「全くない」、「あまりない」ことも分かった(図表12)。また、歯科関係者との定期的な連携体制が整っていない施設が半数を超えることも明らかになった(図表13)。
以上のように、介護施設入居者の口腔状態の改善がQOLの向上に寄与することが認識されてはいるものの、多忙を極める介護現場において、個々の介護者のスキルのみに頼る口腔ケアには限界がある様子が確認された。
一方、このような現状に対し、介護者・施設入居者双方の抱える課題を改善・解決することのできるような次世代型の全自動歯磨きデバイス等の新たなイノベーションに期待があることも伺われた。本アンケート調査では、現在9割以上の介護者が、介護施設入居者の口腔ケア時に「一般的な歯ブラシ」を使用していることが分かった(図表14)、しかし、これらのツールが十分ではないと感じているためか、今後、次世代型の全自動歯磨きデバイスが普及したら、これを「使いたい」とする声が6割超あった(図表15)。
4.テクノロジーを活用した新たな口腔ケア製品・サービス
本アンケート調査からも明らかになったように、介護施設入居者の口腔ケアには多くの課題が存在する中、テクノロジーを活用した新たな口腔ケア製品・サービスの普及に期待が寄せられている。早稲田大学ロボット研究室発のスタートアップGenics社は、ブラシをくわえるだけで自動で歯磨きを行う次世代型全自動歯ブラシ・デバイスを開発、現在実証フェーズを終え、2023年には高齢者介護施設を中心に販売を本格化させる計画である。同社のデバイスを用いることで、手動による歯磨きや既存の電動歯ブラシと比較しても短時間で磨き残し少なく歯垢を除去することができ、う歯や歯周病、またオーラルフレイルの予防のみならず、全身疾患の予防・未病につながることが期待される(図表16)[16]。高齢化に伴い要介護者の増加が見込まれる中、同デバイスは、介護者の口腔ケアに係る業務負担軽減につながる介護テックとしても期待されている。また、総合ロボティクスカンパニーであるハタプロ社とNTTドコモ九州支社は、オーラルフレイルや認知症対策として、無人・非接触・自動での口腔機能トレーニングを可能にするAIロボット「ZUKKU for オーラルケア」を開発している[17]。
対象を高齢者に限らず幅広い年代に広げると、アイリッジ社およびメディカルネット社は、歯科医と患者のマッチング支援や、口腔内カメラを組み合わせたオンライン診察サービス「デンタルオンライン」を提供している[18]。また、ライオン社は、待ち時間わずか5分の唾液検査により、「歯の健康」、「歯ぐきの健康」、「口腔清潔度」を把握できる「唾液検査サービス」を企業・団体向けに提供している[19]。前述の通り、大学を始めとする研究機関においても、非侵襲的手法で全身の健康状態を把握できる唾液検査に関する研究が、新型コロナウイルス感染拡大以降ますます注目を浴びている。バイオマーカーとしての唾液から、細菌やウイルスによる感染性疾患、がんや糖尿病といった非感染性疾患、またグルコースやホルモン等の代謝物質を測定する等[20]、今後実用化に向けた研究がより一層加速するものと考えられる。将来的には、従来の唾液検査のみならず、歯磨きという日常の行為から取得された唾液を用いて全身疾患のモニタリングを行うことも可能になるかもしれない。これらテクノロジーを活用した口腔ケア製品・サービスを活用することにより、口腔状態の改善はもとより全身疾患の予防・未病にも貢献できれば、多くの人々のQOL向上に寄与し、将来的には医療費削減効果も期待できるだろう。
5.おわりに ~ From Oral to Overall Health ~
2021年の世界保健総会にて、世界保健機関(WHO)が「口腔ケアを従来の治療アプローチから予防アプローチへ移行」させる必要性を述べる等[21]、大きなパラダイムシフトが起ころうとしている。非感染性疾患対策に口腔ケア含めることは、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の達成に不可欠であるとされ[22]、2023年には各国が2030年までに達成すべき指標を含む「グローバル・オーラルヘルス・アクションプラン」の策定に向けた議論も加速する見通しだ[23]。オーラルヘルス(Oral Health)が全身の健康状態(Overall Health)の鍵を握る存在になっていくことは必然と言える。
わが国では、2011年に「歯科口腔保健の推進に関する法律」が施行され、国民の健康向上のためにも歯科疾患の予防を含む口腔保健の推進が注目されるようになって久しい[5]。口腔ケアが、単なる歯科治療ではなく、健康寿命を延ばし人々がより良く生きていくためのツールとして捉えられつつある[7]。政府が国民皆歯科健診の導入検討を「骨太の方針2022」に盛り込んだこともあり[1]、産官学において今後ますます健康増進のための口腔ケアが注目を浴びることだろう。
また政策・制度面での革新に加え、今後、企業、アカデミア(医科歯科連携含む)、医療機関、介護施設、地方自治体等が連携し、口腔と全身疾患の関係性に着目した新たな製品・サービスの開発や社会実装を進めていくことが期待される。同製品やサービスを通じて、う歯、歯周病、オーラルフレイル予防といった口腔状態の改善のみならず、唾液をはじめとした口腔データを活用した全身疾患のモニタリングを行い、病気の早期発見や全身の健康維持・増進につなげていくことが重要である。世界においても、同分野は今後ますます注目が高まると予想される。類を見ないスピードで高齢化が進み課題先進国である日本から、次世代型の口腔ケア製品・サービスが登場することで、口腔ケアや口腔データを活用した全身疾患モニタリングおよび予防・未病分野における日本のプレゼンスを世界に示すことを目指していきたい。
アンケート調査の実施概要
インターネットモニターを対象としたアンケート調査実施を委託。調査はスクリーニング調査と本調査の2段階。スクリーニング調査で以下の条件に合致する介護施設入居者および介護者を本調査対象とした。
<調査実施期間> 2022年8月30日(火)~9月5日(月)
【介護施設入居者】
<スクリーニング条件>
・60歳以上・介護施設入居者(施設種類は問わない)・要介護認定者(要支援者や回答できない者は除外)
<本調査対象数および割付>
・男女別(2 区分)の合計100 人
【介護者】
<スクリーニング条件>
・20歳以上・介護施設勤務者(施設種類は問わない)・口腔ケアを実施している「介護職員」または「介護福祉士」
<本調査対象数および割付>
・ 男女別(2 区分)、年齢階層別(20歳代、30 歳代、40 歳代、50 歳代)(4 区分)の合計100人
[1] 内閣府 「経済財政運営と改革の基本方針2022」(令和4年6月7日)
[2] 厚生労働省「第18回健康日本21(第二次)推進専門委員会 資料2-2『目標項目の評価状況』」(令和4年6月16日)
[3] 村松真澄、守屋信吾 「全国の介護施設における口腔ケアに関する看護管理的取り組みの実態調査 『老年歯学 第29巻 第2号 2014』」p.66-76
[4] 健康日本21企画検討会、 健康日本21計画策定検討会 「21世紀における国民健康づくり運動 (健康日本21)について 報告書 2000」
[5] e-Govポータル 「平成二十三年法律第九十五号 歯科口腔保健の推進に関する法律」 (2022-1-19 アクセス)
[6] 日本歯科医師会 「2040年を見据えた歯科ビジョン」(2020年10月)
[7] 日本歯周病学会 「歯周病と全身の健康」 2016
[8] 瀧内博也 「月刊ケアマネジメント 2020.5 p.28-31 『”介護の力”で命を守ろう!~口腔ケアで感染症予防を』」
[9] 東北メディカル・バンク機構 プレスリリース 2021.1.29 「お口の中には健康のヒントがいっぱい ~日本初の大規模口腔マイクロバイオーム解析~」 (2022-12-22アクセス)
[10] 中路重之ほか 「厚生労働科学研究費補助金(循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業)分担研究報告書 『多項目唾液検査システムにより得られる唾液中成分と歯科検診結果との関連』 唾液検査・質問紙調査・口腔内カメラから成る、新たな歯科のスクリーニング手法と歯科保健サービスの開発、及び歯科保健行動に及ぼす影響に関する研究 総合研究報告書」 2019 p.6-7
[11] WHITE CROSS(歯科医師情報サイト) 「『骨太の方針2022』への日本歯科医師会の見解発表」(2022-6-8) (2022-01-18 アクセス)
[12] 中央社会保険医療協議会 「中央社会保険医療協議会総会(第495回) 資料 総-4-2 『在宅(その4) 在宅歯科医療について』 2021-11-10」
[13] 日本訪問歯科協会 ウェブサイト 「医科との連携と報酬」 (2022-12-22アクセス)
[14] 日本歯科衛生士会 「施設における口腔健康管理推進マニュアル」 2022
[15] 日本歯科医師会 「歯科医療に関する一般生活者意識調査」 2022
[16] 株式会社Genicsウェブサイト (2022-1-19 アクセス)
[17] 株式会社ハタプロ ニュースリリース 2021-3-30 「【 NTTドコモ・ハタプロ 】無人・非接触・自動で口腔機能トレーニングをおこなうAIロボットを共同開発」(2022-1-19 アクセス)、福岡ヘルス・ラボ 「福岡ヘルス・ラボ第4期採択プロジェクトについてご紹介!~顔認証と対話 AI を活⽤したオーラルフレイルの意識・⾏動変容~」 (2022-1-19 アクセス)
[18] 株式会社アイリッジ プレスリリース 2021-2-12 「相談から口腔内チェックまで歯科のDXを実現 業界初・口腔内カメラを活用した『デンタルオンライン』提供開始」 (2022-1-19 アクセス)
[19] ライオン株式会社 「唾液検査サービス ライオン法人向けウェルビーイングサポートサービス おくちプラスユー」ウェブサイト (2022-3-9 アクセス)
[20] Mani, Veerappan, et al. “Electrochemical sensors targeting salivary biomarkers: A comprehensive review”. TrAC Trends in Analytical Chemistry, 2021, 135: 116164.
[21] World Health Organization. “Oral Health, 148th session, Agenda item 6“. The WHO Executive Board meeting, 2021-1-21, EB148.R1.
[22] World Health Organization. “Follow-up to the political declaration of the third high-level meeting of the General Assembly on the prevention and control of non-communicable disease, Provisional agenda item 14.1“. The Seventy-fifth World Health Assembly, 2022-4-27, A75/10 Add.8.
[23] World Health Organization. “Global oral health status report: towards universal health coverage for oral health by 2030:“. WHO, 2022.
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