気候移行計画とTPT開示フレームワーク(1)気候移行計画の概要
2021年6月の改訂コーポレートガバナンス・コードの公表・施行により、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みである気候関連財務情報開示タスクフォース(以下、TCFD)またはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めることが求められるようになりました[ 1 ]。
プライム市場上場企業をはじめとしてTCFDに基づく開示が進む中、さらなる取り組みとして、自主的な情報開示とスコアリングのシステムであるCDPにおける自主開示や、欧州持続可能性報告基準(以下、ESRS)[ 2 ]、国際サステナビリティ基準審議会(以下、ISSB)による、サステナビリティ情報の開示基準(以下、ISSB基準)[ 3 ]に則した情報開示に向けて、準備を進めている企業も増えつつあるのではないでしょうか。CDPの2024年度の質問書では気候移行計画に関する質問が拡充され、ESRSやISSB基準のIFRS S2号、サステナビリティ基準委員会(以下、SSBJ)により開発されたサステナビリティ開示基準(以下、SSBJ基準) の、テーマ別基準第2号公開草案[ 4 ][ 5 ]の中でも、気候移行計画の開示が求められています。一方で、そもそも気候移行計画とは何か、何を開示すればよいのかよく分からない、といった疑問を持つ方も多いのではないかと考えています。
そこで本コラムでは、気候移行計画とその開示フレームワークの1つである、「TPT開示フレームワーク」に関する以下3つのポイントについて、3回にわたり解説していきます。
(1)気候移行計画の概要
(2)TPT開示フレームワークの概要
(3)TPT開示フレームワークとSSBJ基準のテーマ別基準第2号など各種開示基準との対応関係
第1回となる今回のテーマは、「気候移行計画の概要」です。
気候移行計画の定義
CDPにおいて、信頼できる気候移行計画とは、「組織が既存の資産、事業、すべてのビジネスモデルを最新かつ最も野心的な気候科学の提言に沿った軌道へと軸足を移す戦略をどのように達成するかを示す期限付きの行動計画、すなわち、2030年までに温室効果ガス(GHG)排出量を半減させ、遅くとも2050年までにネットゼロを達成することで世界の気温上昇を1.5℃以内に抑えるということ」[ 6 ]、と述べられており、SSBJ基準のテーマ別基準第2号公開草案では、気候移行計画を「温室効果ガス排出の削減などの活動を含む、低炭素経済に向けた移行のための企業の目標、活動または資源を示した企業の全体的な戦略の一側面」[ 4 ]と定義しています。
これらから気候移行計画とは、「温室効果ガス排出削減活動などを推進するために、自社の事業やビジネスモデルと向き合い、持続可能な事業へと転換させるための企業戦略の一側面」、といえるのではないでしょうか。
【図表1】はJFEホールディングスの気候移行計画であり、2030年・2050年に向けた目標や脱炭素化施策の具体的な内容、研究開発費などが分かりやすく記載されています。
気候移行計画の策定と開示の必要性
では、なぜ気候移行計画の策定が必要なのでしょうか。
企業により取り組みの順番が変わる可能性はあるものの、一般的な気候変動対策の開示ステップは【図表2】の通りです。ステップ(1)にて、GHG排出状況や気候変動に関するリスクと機会による財務影響など、自社の現状を把握し、ステップ(2)にて、自社の目標を設定し、打ち手・実行計画を検討・決定します。そしてステップ(3)では、打ち手を実行し、定期的に進捗状況をモニタリングします。上記の取り組み状況は適宜、CDPなどの各種開示媒体にて情報開示していくことになります。
TCFD提言においても、上記の取り組み状況を開示することが推奨されていますが、実際には、開示が推奨されている内容よりもさらに具体的な検討をしなければ、実効的な打ち手の実施にはつながりにくいと考えられます。
そこで必要になるのが、ステップ(2)の内容をより具体的に検討すること——すなわち、気候移行計画の策定です。気候移行計画は定義の通り、企業戦略の一側面であるため、自社のGHG排出量削減施策などの具体的な施策の決定、タイムラインの設定、投資計画の策定などが必要となります。
気候移行計画を策定することで、自社の気候変動対策を机上の空論にとどめることなく、確実な実行に移すためのスケジュール、各種リソース(ヒト・モノ・カネなど)の配分、各種リソースの供給方法を定めることができます。気候変動対策には多額の費用や時間などが必要となることから、経営層の承認の下で気候移行計画を策定することは、気候変動対策において必須となりつつあります。
上記では、気候変動対策に伴う内部的な要因から気候移行計画の必要性を述べましたが、近年では外部的な要因も大きくなりつつあります。
ESRSやISSB基準のIFRS S2号、SSBJ基準のテーマ別基準第2号公開草案などのサステナビリティ開示基準の中で、気候移行計画の開示が要求されています。加えて、日本においてはGXリーグ[ 7 ]参画企業に対し、気候移行計画に類似した「トランジション戦略」の策定・公表が求められています[ 8 ]。
さらにCDPにおいて、気候移行計画について開示することが、最高評価であるA評価を取得するための要件の一つとなったこともあり[ 9 ]、複数の側面から気候移行計画の策定と開示の必要性が高まっています。
気候移行計画策定に向けた課題
気候移行計画の策定に際し、何をどこまで決定し、開示しなければならないのか、という点は、多くの企業で突き当たる課題であると考えています。この問いに答える形で、複数のイニシアチブより、気候移行計画の策定・開示に関するフレームワークやガイドラインが公開されています[ 10 ]。しかし、どのフレームワークやガイドラインを参照すべきかについては統一的な見解がなく、各企業に判断が委ねられている状況です。
次回のコラムでは、気候移行計画に関するフレームワークやガイドラインの中でも、CDPのテクニカルノート[ 6 ]や、TCFDコンソーシアムが発行する「移行計画ガイドブック」[ 10 ]にて言及されている、英国の移行計画タスクフォース(Transition Plan Taskforce)から公開された、TPT開示フレームワークの概要について解説します。
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[ 1 ]日本取引所グループ「改訂コーポレートガバナンス・コードの公表」https://www.jpx.co.jp/news/1020/20210611-01.html(最終確認日:2024/11/19)
[ 2 ]EU”COMMISSION DELEGATED REGULATION (EU) 2023/2772”https://eur-lex.europa.eu/eli/reg_del/2023/2772/oj(最終確認日:2024/12/10)
[ 3 ]IFRS”IFRS Sustainability Standards Navigator”https://www.ifrs.org/issued-standards/ifrs-sustainability-standards-navigator/(最終確認日:2024/12/5)
[ 4 ]サステナビリティ基準委員会「サステナビリティ開示テーマ別基準公開草案第2号『気候関連開示基準(案)』」https://www.ssb-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/6/2024ed01_04.pdf(最終確認日:2024/11/19)
[ 5 ]SSBJ基準はISSB基準と整合性を取ることを基本として開発され、サステナビリティ関連財務開示を作成する際の基本的な事項を定めた「ユニバーサル基準」、サステナビリティ関連のリスクおよび機会に関して、開示すべき事項(コア・コンテンツ)を定めた「テーマ別基準第1号」、ISSB基準におけるIFRS S2号に相当する「テーマ別基準第2号」から構成されます。
[ 6 ]CDP”CDP Technical Note: Reporting on Climate Transition Plans”https://cdn.cdp.net/cdp-production/cms/guidance_docs/pdfs/000/003/101/original/CDP_technical_note_-_Climate_transition_plans.pdf?1643994309(最終確認日:2024/11/19)
[ 7 ]GXリーグとは、「2050年カーボンニュートラル実現と社会変革を見据えて、GXヘの挑戦を行い、現在および未来社会における持続的な成長実現を目指す企業が同様の取組を行う企業群を官・学と共に協働する場」、とされています。
GXリーグ「GXリーグとは」https://gx-league.go.jp/(最終確認日:2024/12/16)
[ 8 ]GXリーグ「GXリーグ参画企業に求める取組に関するガイダンス(事業会社向け)」https://gx-league.go.jp/aboutgxleague/document/02_1_GX%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B0%E5%8F%82%E7%94%BB%E4%BC%81%E6%A5%AD%E3%81%AB%E6%B1%82%E3%82%81%E3%82%8B%E5%8F%96%E7%B5%84%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%B3%E3%82%B9%EF%BC%88%E4%BA%8B%E6%A5%AD%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E5%90%91%E3%81%91%EF%BC%89.pdf(最終確認日:2024/11/27)
[ 9 ]CDP”CDP Climate Change Scoring Essential Criteria 2024”https://cdn.cdp.net/cdp-production/comfy/cms/files/files/000/009/463/original/CDP_Climate_Change_Scoring_Essential_Criteria.pdf(最終確認日:2024/12/11)
[ 10 ]TCFDコンソーシアム「移行計画ガイドブック」https://tcfd-consortium.jp/pdf/news/24083001/Transition_Plan_Guidebook_J_v2.pdf(最終確認日:2024/11/21)
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